第101話 隠し部屋
僕は最尤の解釈を間違えていた。
A、職員。
B、バグ住民。
C、どちらも存在する。
D、どちらも存在しない。
このどれでもない。根本として選択肢の見落としがあった。
F、隠し部屋に通じる。
G、隠し部屋に通じない。
この二つを考慮するべきだった。最尤として選ばれたのはGだった。
G、隠し部屋に通じない(99.999%)
↓
反転
↓
F、隠し部屋に通じる(0.001%)
みたいな流れと確率が今回起きた現象の絡繰りのはずだ。本来なら極低確率で起きる選択肢を引き当てた。本質は『幻想遊戯室』に似ている。あれは確か、行きたいと願った状態でバッキンガム宮殿内の扉を開き、775分の1の確率を引く必要があった。エリーゼに会うために何度も足しげく通っていたから、身に染みて分かっている。思えば僕は、昔から確率と縁があった。専門分野は魔術だったけど、こうして最尤を能力に選んだことは必然だったのかもしれない。
ともかくだ。
隠し部屋に通じていたとして、そこには恐らく部屋の主がいる。何らかの接触があると想定しておくべきであり、もしかすれば、バッキンガム宮殿の設計にも関係がある人物がいるかもしれない。ジュリアの一件を考えれば、決してあり得ないとは言い切れず、誰が来てもいいように心構えをしておくべきだった。
「――――」
僕は閉じた目を開く。広がるのは黄金の空間。辺りは金銀財宝に囲まれており、最奥には黄金の玉座が見える。そこに座るのは金髪碧眼の男。容姿は二十代前半でシュッとした顔つきで凛々しい目つき。髪は短めで、左右に分け、毛束はふんわりとしている。どこぞのK-POPアイドルを彷彿とさせるような清潔感に加え、髪からつま先に至るまで美意識が行き届いている。彼は玉座の肘掛けにもたれ、頬杖をつき、ギラついた目で僕のことを見下ろすように睨んでいた。
気になったのは正体でも容姿でもなく、衣服だ。
赤と白のボーダー服を着ており、聖エルモ砦の囚人であることが伺える。それなのに、この好待遇。彼専用の独居房だとしても広すぎるし、贅沢すぎる。辺りをよく見渡してみれば、生活に必要な家具は一通り揃っており、ソファやテーブルやベッドに加え、小型のワインセラーや冷蔵庫といったものまで揃っている。
「君は……誰?」
そこまで状況を観察した上で、僕はようやく口を開いた。覚えている限りは、知らない人だ。どこかで会ったことがあるかもしれないけど、どこまで高く見積もっても顔見知り程度だろう。エリーゼレベルの存在じゃないのは確かだ。
「そちが先に名乗れ」
威風堂々とした物腰で男は言い放つ。言い方は偉そうだったけど、一般的な礼儀作法で言えば正しい。僕は不法侵入した無礼者だ。必要以上にへりくだらなくてもいいけど、必要最低限の筋は通さないといけない。
「僕はアルカナ。そっちは?」
「名乗れば答えると約束した覚えはない」
ファミリーネームと肩書きを伏せて答えるも、上手く誤魔化される。開示する内容によっては食いついたかもしれないけど、現状は何も分からないに等しい。……これは情報戦だな。会話や交渉で相手の素性をどこまで知れるかの勝負。
「…………」
僕は背後に手を伸ばし、黒い本を取り出した。
回りくどい会話は無しだ。能動的な交渉を仕掛けてやる。
「これは『アブラメリンの書』と呼ばれる魔術書だ。主に悪魔召喚するための内容が事細かに記されている。僕はこれを使って、上位の悪魔を呼び出せる。それだけでも君にとっては脅威だろうけど、問題は呼び出すコストにある」
「……生贄か」
「ご名答。物品や寿命や健康を悪魔に捧げ、その見返りとして召喚と使役が可能になる。僕が所有している何かを捧げるのが最も無難な選択肢だけど、捧げられるものは僕の所有物に限定されていない。意味は分かるね?」
「余のコレクションも対象。ようするに、脅しているわけだな」
男は目を細めながら質問に答え、ピリッとした緊張感が走る。
答えられるとは思っていたけど、このプレッシャー。只者じゃないな。
「そういうこと。答えるか答えないかは自由だけど、簡単な質問には答えて欲しいかな。こちらとしても、できるだけ穏便に済ませたいからね。円滑なコミュニケーションを図るためにも、まずは自己紹介からお願いしてもいいかな」
僕はなるべく丁重にお伺いを立て、会話を転がした。脅している事実に変わりはないけど、怒りを買うこともないはずだ。
「…………」
男はおもむろに玉座から立ち上がる。動作はゆったりとしていて、落ち着いており、焦りや不安といった要素とは対極に位置する存在と化す。そんな雰囲気を保ったまま、男は一歩ずつ僕の方に近付いてくる。言うまでもないけど、足運び自体は決して速くない。脅威に感じれば、アブラメリンの書を発動することもできたし、意思能力戦に持ち込むことも可能だったはずだ。それなのに……。
「……っっ」
僕は息ができなかった。ダラリと額から汗が流れ、言葉に詰まり、身動きを取れずにいた。何が僕をそうさせたんだろうか。彼は意思や悪意を纏っていたわけじゃない。筋肉も発達してるわけじゃないし、凶器を持っているわけでもない。
生まれながらの王の器。
そう感じざるを得ないほどのカリスマ性があった。これでも英国王の立場にあるけど、王としての格の違いを感じていた。気付けば彼は、目の前に立っていた。徐々に右腕を伸ばし、僕に接触しようとしている。抵抗しなければならない。頭では分かってる。それでも体は動かない。金縛りにあったようにピクリともしなかった。
「これは余が頂く。……構わんな?」
男は僕の手にある『アブラメリンの書』を掴み、確認する。まだ僕の手から離れたわけじゃない。だけど、半分はすでに彼の手にある。ここまで近付かせた上に、本を掴まれた時点で敗北に片足を突っ込んでいる。肯定すれば、良い意味でも悪い意味でも終わる。彼との情報戦は僕の負けという形で穏便に終了するだろう。
正直言って、何が正解か分からない。圧力に屈するべきなのか、抵抗するべきなのか、はたまた、別のアプローチをかけるべきなのか。色々と考えるべきことはあるけど、返答に時間をかけすぎれば、今の関係が崩壊するのも目に見える。
脅されているのは僕の方だ。
ぐるぐると限られた時間の中で頭を回し、答えを探る。何が正しくて、何が間違っているか分からない中で、取捨選択を強いられる。
「もう一度訊く。これは余が頂くが、構わんな?」
男は時間切れを通告する。これ以上は考える暇を与えないと宣言する。厳密に指定されたわけじゃないけど、何もアクションを起こさなければ敵対するだろう。かといって、無償で渡せば交渉材料がなくなる。その上で僕が下した決断は……。
「僕に見返りがあるならいいよ。君は代わりに何をくれるの?」
交渉継続だ。抵抗するわけでも、否定するわけでもなく、あくまで対等な立場として会話を転がす。まだ『アブラメリンの書』の所有権は僕の手にある。主張する権利はあるはずだ。会話を終わらせるなら、召喚を強行すればいい。
「ここから無事に帰る権利というのはどうだ?」
意外にも男は乗ってきた。無視して奪い取るなんてことはしないらしい。本から手を離し、両腕を組みながらも、話を聞く姿勢になっている。一歩前進だな。英国王としての最低限の面子は保てたと言ってもいいだろう。問題は回答だ。
「魅力的な提案だけど、これとは釣り合わないな。この部屋にあるものを全部くれるなら考えてもいいよ」
「まずは吹っ掛けて妥協案を探るか。基本に忠実な交渉だな。悪くはない」
過ぎた要望に対し、男は組んだ両腕を下ろし、思惑を見抜く。
ここまでくれば簡単だ。互いに譲歩して、価値を交換すればいい。
「……だが、良くもないぞ。虫けらぁ!!!!」
そう思っていたけど、僕は交渉に失敗。
彼は悪意を身に纏い、意思能力戦へと移行した。




