第100話 雑談
「ジュリアってさ、邪眼は使えるの?」
ソラルを乗せた担架を運ぶ道中で、僕は何の気なしに尋ねた。担架の構造上、向き合う形になっており、僕が前向き、彼女が後ろ向きで進んでいる。
「――なんで教えないといけないの?」
ジュリアは視線を逸らし、冷たい態度で反応する。手の内を晒したくないからか、使えないのが恥ずかしいからか。色々と考えられるけど、聞かれたくなさそうなのは一目見て分かる。掘り下げるのは当然として、問題は切り口だな。
「たぶんだけどさ、邪眼って悪意の極み……みたいなもんなんでしょ? このまま成長すれば、僕も使えるようになったりして」
相手から情報を引き出したい場合は、あえて間違えろ。じいやから教えられた話術の一つだ。聞くまでもなく、人間が邪眼を使えないのは分かってる。あえて業界の常識から逸脱した内容を発言することで、相手は『いやいや、それは違うよ』と発言を否定したくなる。そうなれば、思う壺だ。向こうの専門領域を問い質すことなく、自然な形で知ることができる。
「――その手には乗らないよ。――絶対、教えないから」
しかし、ジュリアの口は堅い。倉庫でのいざこざが尾を引いてるのか、単純に言いたくないのかは分からないけど、これ以上掘り下げるのは無理そうだ。
「じゃあ、好きなレトロゲームのTOP3を教えて」
「――カラテカ、スパイVSスパイ、チャレンジャー」
「バクっぽい要素はなさそうなラインナップだけど、理由は?」
「――妙に楽しかった思い出があるから」
確定だ。それを隣で見ていたのは僕なんだ。彼女は確実に妹の……エリーゼ・フォン・アーサーの記憶を参照している。他人から見れば、だからなんだという話ではあるんだけど、やっぱり偶然とは思えないな。
「……あのさ、ゲーム以外で何か覚えていることはある?」
「――狭い畳の部屋。――積み上げられたソフト。――隣にいた誰か」
「その誰かさんの特徴は?」
「――分からない。――常に本を持っていたような」
「それさ、たぶん僕なんだ。君は僕の妹の記憶を参照してる」
気付けば秘密を口走っていた。言わないと決めていたはずなのに。
「――それが隠していたこと?」
「そうだね。もう君に対しての隠し事はない」
「――なんで言ったの?」
「なんでだろ。後悔したくなかったからかな」
「――どういう後悔?」
「あの時、言っておけばよかった……みたいな」
「――じゃあ、私も言うね。――邪眼は使えるよ。――他の悪魔に知られたら目の敵にされるから言わないでね」
なんでもない雑談の果てに行われるのは、秘密の共有。能力詳細や覚醒条件は不明だけど、使用可能な上に悪魔界隈の中でも比較的レアなものらしい。話を聞く限り、彼女は悪魔の中でも下っ端らしいし、できるだけ伏せておきたかったんだろうな。格下だと思っていた人が凄い力を持っていたら、疎まれるのは理解できる。
なんにしても、エリーゼの開示に関してはスルーだったから、僕の気にし過ぎだったらしい。ある程度は聞かされていて、心構えがあったからかな? 誰の記憶がねじ込まれていようが自分は自分、ぐらいの感覚なのかもしれない。まぁ、エリーゼの人格がベースにあるなら、そう思っていても不思議じゃないな。
「――聞いてる? ――できれば言わないで欲しいんだけど」
「ああうん。口が裂けても言わないよ。約束する」
そこで会話はいったん終わり、黙々と進行。曲がり角が見えてきて、ソラルの言った通りなら、通信室があるはずだ。ただ、食堂や倉庫とは違って、開けた区画じゃない。廊下に面してはいるけど、入っても入らなくてもいい構造になっている。厳密に言えば、左手には通信室に通じる扉。右手には中庭に通じる扉が見える。
「……思ったんだけどさ、砦の職員少なすぎない?」
「――時間帯が夜だからでしょ。――病院も夜間だと少ないよ」
ふとした疑問に対し、ジュリアが予想を立てる。生前葬が開始されたのが22時頃だったはずだから、納得のいく内容ではあった。修道士の勤務体制は詳しく知らないけど、大半は砦北の宿舎で自由時間を過ごしていると考えるべきだろう。
「かもね。……それよりさ、通信室寄ってみる? 誰かいるかもよ」
「――バグった住民と遭遇するリスクもあるよ。――許容できる?」
自ずと視線が向けられるのは、左手に見える通信室だ。窓枠がついてるわけじゃないから、外から中を見ることはできず、確認するまでは分からない。リスクとリターンの両方が確率上で存在している状態だった。
「場合によってはどうにかなるかも。君はどっちが濃厚だと思う?」
「――断然バグ派。――理由は食堂と倉庫には必ずバグ住民がいたから」
「でも、通信室だよ? 八割方は職員がいると思うけどなぁ」
「――統計なら客観を重視するべきだよ。――さっきのを試すなら尚更」
二手先を読み、ジュリアは鋭い指摘をする。どうやら僕がやろうとしていたことはお見通しらしい。彼女の発言通り、能力のモチーフとなった最尤は、統計学の一種だ。与えられた条件の中から最も観測される確率が高いものを導き出す。今回の場合で言うと、『通信室の中にいるのは誰か』が条件になる。ざっと予想を立てると四択ぐらいになるかな。
A、職員。
B、バグ住民。
C、どちらも存在する。
D、どちらも存在しない。
この候補の中から最も確率が高いものを導き出すのが、最尤推定というやつだ。まぁ、専門分野じゃないから詳しい方程式は知らないけど、僕は途中式を抜きにして解を導き出せるらしい。恐らくあの技は、戦闘以外でも活用可能のはずなんだ。結果がどうなるかは予想できないけど、中身に干渉できる気がしてる。問題は……。
「僕の直感を参照にしているとしたら?」
「――それじゃあダメじゃん。――職員が最尤ならバグ住民に反転する」
「あ……そっか」
「――まぁでも、試す価値はあるんじゃない? ――それこそ統計学」
能力の根幹は、主観か客観か。仮に発動して結果を見たとしても、どちらかを断定することはできない。ジュリアの言う通り、試行回数を重ねて、地道に確かめるのがベストだな。
「よし、じゃあ試してみようかな。自分のことは分かっておきたいし」
「――いいんじゃない。――私はソラルのお守りをしとくから勝手にやって」
冷めた態度で一応の話し合いは終わる。僕は担架を下ろし、ジュリアから背中を向け、左手に見える扉に向き合う。無言のまま悪意を纏い、右手を軽く添え、告げた。
「最尤反転掌」
内向きの悪意だから出力がおぼつかないけど、どうにか発動したはずだ。何となく上手くいった手応えはある。後は検証してみるのみ。
「開けるよ。もし、僕に何かあっても、ソラルを優先してね」
扉に手をかけ、ひとこと断りを入れて、開く。返事はなかったけど、ジュリアなら指示通りに動いてくれるはずだ。
「――――」
僕は中を確認することはできなかった。ただ、目の前の視界が飛んだ。どこかにワープされた感触があった。これはたぶん、予想を立てたABCDのどれでもない。直感か客観のどちらを参照したのかは分からない。ただ、確信に近い一つの予想があった。それは……。
(『隠し部屋』だ……。最尤の反転で導き出されたのは……)




