第一話 「消えた友の面影」
軽井沢の朝は、澄み切った高原の空気に満ちていた。
避暑地特有のひんやりとした風が木々の葉を揺らし、夏の太陽をやわらかく遮っている。白い雲が流れる空の下、観光地の通りには賑わいがあった。
天城家の一行――玲子、妹の真理亜、母・美佐子、弟の遼真、家政婦の初枝、そしてまだ小さな三つ子の大翔・蓮真・眞衣――が軽井沢に降り立ったのは、まさにその朝だった。
「やっぱり空気が違うね、玲子姉さん」
真理亜が深呼吸をし、心地よさそうに笑った。
「ええ。子どもたちにとっても、いい休養になるわ」
玲子は眞衣を抱きかかえながら答える。眞衣は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、森の緑を不思議そうに見つめていた。
遼真は大翔と蓮真を両手で引き連れ、「ほら、危ないから走るな」と声を掛ける。三つ子は父親似の活発さを存分に発揮し、旅行の開放感から落ち着きがなかった。
そんな穏やかな旅行の始まりに、予期せぬ影が差し込む。
通りの先で、警察手帳を下げた三人の刑事が観光客に声をかけていたのだ。
「この女性をご存じありませんか?」
一枚の古びた写真を示しながら、必死に聞き回っている。
真理亜はその写真を遠目に見た瞬間、立ち止まった。
「……え?」
近づいてみると、そこに写っていたのは――中学時代の親友、近衛苑香だった。
制服姿で微笑む、懐かしいあの笑顔。だがその笑顔は、数年前からどこにも存在しなかった。
「苑香……ちゃん……?」
真理亜の声は震え、次の瞬間にはその場に崩れ落ちた。両手で顔を覆い、コンクリートに膝をつく。
「真理亜!」
玲子が駆け寄り、妹の肩を抱き起こす。
その様子を見ていた30代後半の女性刑事が歩み寄り、小さな声で言った。
「……実は先ほど、軽井沢の山中で白骨化した遺体が見つかりまして。身元を照合したところ、近衛苑香さんと判明しました」
玲子の表情が凍りつく。
真理亜は「嘘だ……苑香ちゃんが……」と泣きじゃくり、声を震わせた。
女性刑事は真理亜の様子を見て、玲子に目を向けた。
「失礼ですが、この写真の女性……お知り合いですか?」
玲子は静かに頷いた。
「ええ。妹の中学時代の友人です。私も家で何度か会ったことがある」
女性刑事の目が見開かれた。
「……天城本部長、ご自身のご家族と関わりのある人物だったのですね」
玲子は一瞬だけ深く息を吐き、声を低くした。
「今は旅行中です。この件、しばらくは他の者には内密にしてください。特に新人の方たちには」
彼女の鋭い口調に、20代の若い男性刑事2人は息を呑み、戸惑ったように互いを見やった。
「で、でも……それでは……」
「命令です」
女性刑事は彼らを睨みつけるようにして、「署に戻りなさい」と告げた。
二人は後ろ髪を引かれるように振り返りつつも、その場を後にした。
残された玲子は女性刑事に近づき、声を落とした。
「詳しい話を聞かせてもらえますか。……彼女の最期について」
⸻
【回想:中学時代】
まだ真理亜が中学3年生の頃。
その夏、仲良し5人組――真理亜、苑香、茜、弥生、秋音――は天城家に集合していた。
「やっとだね! 軽井沢旅行!」
苑香が弾む声で言い、遼真と家政婦の初枝に手を振った。
「いってきまーす!」
「気をつけてな」
遼真は雑誌を抱えたまま軽く手を上げる。初枝も「楽しんでおいで」と穏やかに微笑んでいた。
その時の苑香の笑顔――
そのまま時間が止まったかのように、真理亜の心に焼き付いている。
しかし、その笑顔を再び見ることはなかった。
⸻
そして今、軽井沢の静かな森の中で、骨となった彼女が見つかったのだ。
真理亜は泣き崩れ、玲子は妹を抱きしめる。
遼真は拳を握りしめながら、「あの時、もっと苑香を引き留めていれば」と悔やむように目を伏せた。
一行の軽井沢旅行は、一瞬にして悲劇の幕開けとなったのである。
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