第8話「姉の覚悟、弟の願い」
函館の夜は静かに更けていた。
赤レンガ倉庫街のホテルの一室では、優人が三つ子を左右に抱き、真ん中にもう一人を寝かせていた。
赤ん坊たちは小さな寝息を立て、まるで父の胸に守られるようにすやすやと眠っている。
「……本当に、俺にとっての宝物だ」
優人は微笑み、子供たちの額に一人ずつ口づけた。
「ママは今、仕事を頑張ってる。だからパパが守るからな」
その声は子守歌のように優しく、やがて部屋全体を静寂が包んだ。
◇
その頃、遼真はホテルのラウンジを出て夜風を吸い込んでいた。
街灯に照らされた石畳を歩いていると、前方から見覚えのある背中が目に入る。
スーツ姿、背筋を真っ直ぐに伸ばし、夜道を歩く女性――。
「……姉さん」
遼真は声をかけた。
振り向いたのは、まぎれもなく天城玲子。
昼間の現場と同じ、鋭くも冷静な瞳を湛え、弟を見つめた。
「遼真……どうしてここに?」
「旅行だよ。偶然じゃない。……いや、偶然にしてはできすぎてるな」
遼真は苦笑しながら、足を止めた。
「初めて見たよ、姉さんの“仕事の顔”。……本当に、かっこよかった」
玲子は小さく目を伏せ、夜風に髪を揺らした。
「かっこいいだなんて……私はただ、職務を果たしているだけ」
「でも俺は、誇りに思った。……あの姿を見て、姉さんがどれだけ大きなものを背負っているか、やっとわかった気がする」
◇
二人は並んで歩き出す。
函館の夜景が遠くに輝き、坂道の向こうには海が広がっていた。
「……本当はね、家族には見せたくなかったの」
玲子の声は、ほんの少し震えていた。
「本部長としての私は、冷たくて、厳しくて……母としても妻としても、あまりに不器用だから」
遼真は首を振った。
「違うよ。姉さんは不器用なんかじゃない。……姉さんがどんなに強くても、俺にはずっと“優しい姉”だ」
玲子は一瞬立ち止まり、弟を見つめる。
その瞳には、警察官としての冷静さと、家族への想いが同時に揺れていた。
「……遼真。優人や子供たちを、頼んだわ」
「もちろん。俺にできることは全部やるよ。でも……姉さんも一人で背負いすぎないで」
玲子の表情が、ふっと和らいだ。
「……ありがとう」
◇
ホテルの灯りが見えてきた。
玲子は夜空を一瞥し、静かに言った。
「明日から、この町で大きな動きがある。……でも私は、どんな時も家族を忘れない」
その言葉は誓いのように、遼真の胸に刻まれた。
そして弟は、心の奥で強く願った。
――どうか、姉さんの戦いを俺も支えられるように。
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