第7話「母の背中」
港町の夕暮れは観光客で賑わっていた。
赤レンガ倉庫の広場では、土産物を抱えた人々が行き交い、三つ子を乗せたベビーカーを押す優人と遼真も、その人波に紛れて歩いていた。
「少し買い物していこうか。赤ちゃん用のお土産も揃ってるみたいだ」
優人が笑うと、遼真は頷いた。
「姉さんにも渡したいな。……いや、北海道出張中だなんてまだ本人から聞いてないんだけど」
二人は顔を見合わせ、苦笑した。
◇
その時――広場に緊張が走った。
突然、笛の音と警官たちの声が響く。
「そこの男、止まれ!」
人混みの中で、一人の観光客風の男が逃げ出した。大きなバッグを抱えている。
観光客から「スリだ!」「荷物を盗まれた!」という叫びが上がり、場は一気に混乱に包まれた。
優人はとっさに三つ子を庇い、遼真も周囲を確認する。
「大丈夫、子供たちを守ろう」
そう言い合う二人の視線の先に――
人々を割って現れたのは、玲子だった。
黒のスーツに身を包み、冷徹なまでに鋭い眼差しを前に向け、数名の道警署員を従えていた。
「包囲を広げろ! 東側の出口は封鎖、迂回路はすぐ押さえなさい!」
的確で力強い指示が飛ぶ。その声は張り詰めた空気を一瞬で掌握し、人々を安心させる不思議な力を持っていた。
遼真は思わず呟いた。
「……姉さん……?」
初めて目にする“警視庁本部長・天城玲子”の姿。
自分が知っている、優しい姉でも、家族と笑う母でもない。
そこにいたのは、多くの部下と市民を守るために立ち向かう、絶対的なリーダーだった。
優人もまた、胸を打たれていた。
――これが、俺の妻の本当の姿なのか。
彼女が自分に見せる柔らかな微笑みの裏で、こんなにも凛々しく、覚悟を背負って立っていたのだ。
◇
犯人は追い詰められ、倉庫街の角で取り押さえられた。
玲子は走り寄り、冷静に状況を確認する。
「被害者の確認を! 搬送の手配を急げ!」
その姿に、道警の署員たちが一斉に敬礼する。
群衆の後ろで、遼真と優人は子供たちを抱えながらその光景を見守っていた。
三つ子は母の姿を見ても、まだ小さすぎて理解できず、ただぱちぱちと手を叩いて喜んでいる。
しかし、その小さな掌の音は、まるで「ママ、すごいね」と言っているかのようだった。
遼真は瞳を潤ませながら、隣の義兄に囁いた。
「……かっこいいよな。俺の姉ちゃんが、こんな姿で戦ってるなんて」
「……ああ。本当に、誇らしい」
優人は小さな子供の頭を撫で、視線を玲子に向けた。
「俺の妻は、こんなにも強いんだ」
◇
現場の混乱が収まり、人々が再び散っていく頃。
玲子は遠くから優人と遼真、そして三つ子の姿を見つけた。
だが彼女は仕事の最中、駆け寄ることはせず、ただ静かに一瞬だけ微笑みを浮かべた。
――その背中は、確かに“母”であり“妻”であり、同時に“警視庁本部長”だった。
遼真と優人は、その姿を心に刻みながら、ただ静かに見送った。
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