第5話「坂の上での再会」
翌日、函館の空は快晴だった。
優人と遼真は三つ子を連れ、ベビーカーを押しながら坂道を登っていた。港の風が頬を撫で、海の匂いと異国情緒あふれる街並みが、旅情をより深めていく。
「ここが“八幡坂”か……」
遼真は眼下に広がる青い海と並木道を見て、思わず息を呑んだ。
「観光パンフレットで見たまんまだな。まるで映画のワンシーンみたいだ」
石畳をきしませながらベビーカーを押す優人は、額の汗を拭いながら微笑んだ。
「子供たちも、景色を楽しんでるかな」
ベビーカーの中で三つ子はそれぞれに声を上げ、無邪気に手を振っている。まるで港町の光景に応えるかのようだった。
◇
彼らが坂の上に辿り着いたその時――。
通りの向こう、古い洋館の前に数名の道警の署員が控えていた。その中心に立つ女性の姿を、遼真は見逃さなかった。
黒のスーツに身を包み、涼やかな眼差しで街を見渡すその姿。
そして風に揺れる長い髪。
――間違えようもない。
「……姉さん?」
遼真の声に優人が振り返る。
視線の先にいたのは、まさしく天城玲子。
警視庁本部長としての威厳をそのままに、だがどこか柔らかな眼差しを帯びた姿で、弟と夫と三つ子を見つめていた。
◇
玲子は一瞬、目を疑った。
――どうして彼らが、ここに?
出張で函館入りしていることは、家族にも秘していたはずだった。
だが目の前に広がる光景は紛れもなく現実であり、胸の奥に温かいものが広がっていった。
「……遼真。優人。そして……私の子供たち」
声を震わせながら名前を呼ぶ。
遼真は堪えきれず、駆け寄った。
「姉さん! やっぱり、ここにいたんだ!」
そのまま勢いよく抱きつく弟の腕を、玲子は強く、そして優しく受け止めた。
「もう……子供みたいね。……でも、会えて嬉しい」
◇
次に優人が歩み寄り、腕に抱いた三つ子を見せる。
「玲子さん……偶然にも、ここで再会できるなんて」
玲子はその言葉に小さく首を振った。
「偶然、かしら……。でも、この子たちの顔をこんな場所で見られるなんて……」
彼女はそっと赤ん坊の頬に指を滑らせ、声を詰まらせた。
「……ありがとう。連れてきてくれて」
三つ子は母の温もりを感じたのか、ぱたぱたと小さな手を動かし、玲子の胸元に伸ばした。
その仕草に、優人と玲子の瞳が同時に潤む。
◇
だが、その再会を遠巻きに見つめる影があった。
昨日、五稜郭で姿を見せた北条雅臣――北海道警察・方面本部長だ。
彼は部下とともに一歩下がり、静かに家族の姿を見つめていた。
「……やはり、彼らが来ていたか」
その瞳には警察官としての厳しさと、ひとりの人間としての複雑な感情が混ざり合っていた。
◇
しばしの再会の後、玲子は弟と夫に囁いた。
「……今はまだ詳しく話せない。でも、函館で起きている“ある事件”を追っているの。危険に近づくかもしれない。だから……」
そこまで言ったところで、優人が遮った。
「玲子さん、俺たちも一緒にいる。どんなことがあっても、支えます」
遼真も力強く頷く。
「そうだよ姉さん。俺は編集者だけど、姉さんの味方だ」
玲子は一瞬迷ったが、微笑みを浮かべた。
「……本当に、頼もしい家族ね」
坂の上で再び交わされた抱擁は、過去の戦いの記憶を刻む函館の風景の中で、確かな絆の証となった。
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