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第4話「五稜郭に刻まれた影」


 翌朝。函館の空は澄みわたり、遠くに駒ヶ岳の稜線がくっきりと浮かび上がっていた。

 優人と遼真は、三つ子をベビーカーに乗せ、ふたたび五稜郭へと足を運んでいた。


「昨日は夜景ばかりだったけど、今日は昼間の五稜郭を見たいと思って」

 優人は小さな子の毛布を直しながら、穏やかな声を漏らす。

「……姉さんも、この町の歴史に触れてるんだろうな」

 遼真の言葉に、優人は頷いた。


 ◇


 五稜郭タワーの展望室。

 眼下に広がる星型の要塞――五稜郭。

 その美しい線形は、観光地としての華やかさと同時に、血の記憶を刻んでいた。


 案内人が語る。

「ここは明治二年、旧幕府軍と新政府軍の最後の激戦の地でした。榎本武揚を総裁とした旧幕府軍はここに立てこもり、土方歳三が指揮を執りました。しかし新政府軍の近代兵器の前に敗れ、戊辰戦争は終焉を迎えるのです」


 その解説を耳にしながら、優人は子供を抱きしめた。

「……過去は戦いで終わった。でも俺たちは、この子たちに平和な未来を見せてやらないとな」

 遼真も窓の外を見つめ、真剣な面持ちで頷いた。


 三つ子は、そんな父の胸で小さな手を空に伸ばし、まるで歴史の重さを知らぬまま、未来を掴もうとするかのように揺れていた。


 ◇


 その時。

 背後から低く響く声があった。

「――立派な言葉だな。さすがは、天城玲子本部長の夫だ」


 優人と遼真は振り返り、息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、背の高い男。五十に近い年齢だろうか。鋭い眼差しと落ち着いた声、どこか軍人のような雰囲気を纏っている。

 スーツに身を包み、胸元には小さなバッジ。


 彼は名乗った。

「私は北海道警察、函館方面本部長の**北条雅臣ほうじょう まさおみ**だ」


 その場の空気が一気に張り詰める。

 北条は真っ直ぐに優人を見据え、続けた。

「驚かなくていい。あなたのことは存じている。――玲子本部長のご主人、優人さん」


 優人は一瞬言葉を失い、遼真が思わず声を荒げる。

「どうして……姉さんのことを、そして優人さんとの関係まで……?」


 北条は視線を窓の外へと移し、五稜郭の星形を見下ろしながら静かに語った。

「警視庁本部長が極秘で北海道に出張している。その情報を私は当然知っている。そして――彼女が家族を大切にしていることも」


 彼の言葉は穏やかでありながら、どこか含みを持っていた。

「五稜郭の歴史は、“旧幕府軍と新政府軍が互いを理解できずに血を流した場所”だ。しかし今は違う。私たちは協力し合い、未来を守らねばならない」


 その眼差しが優人に戻る。

「あなたは――彼女の夫として、この地で何を守るつもりだ?」


 優人は一瞬考え、三つ子を抱きながら答えた。

「……家族を。そして、平和を。玲子さんと一緒に、それを守り続けます」


 北条はゆっくりと頷いた。

「ならば良い。……あなた方の存在は、この地にとっても希望になるかもしれない」


 ◇


 その日の夕暮れ。

 五稜郭の堀に映る夕陽が、赤く輝いていた。

 その光景は、まるで過去の血の記憶を浄化するかのように静かで――

 優人は胸に子供たちを抱きながら、玲子の顔を思い浮かべていた。


「……姉さん、本当にここにいるのか?」

 遼真の呟きが、夕風に溶けていった。



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