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第9話 狐火の正体



 深夜。

 天城遼真は、宿の裏山にひとり身を潜めていた。

 空は雲に覆われ、月明かりすら差し込まない。漆黒の闇の中で、ただ耳に届くのは風に揺れる木々のざわめき。


 やがて――。


 青白い光がふっと現れた。

 狐火。

 それはまるで生き物のように揺らめき、山道を漂い始める。


 遼真は息を殺して観察した。

 風向きは一定。にもかかわらず、光は風に逆らって移動している。

 近づいてよく見ると、光源は金属の容器。その周囲に散布された粉末が湿気を帯びて発火し、炎を生んでいた。


 ――やはり、これは仕掛けられた幻。


 遼真は足元に残る細いわだちに気づいた。

 軽い台車のようなものを押し進め、決まった道筋に火を仕込んでいる。

 火の位置が一定なのも、仕掛けが動線通りだからだ。


 その瞬間、背後から足音。

 「……やはり、あなたでしたか」


 現れたのは橋爪達郎だった。

 手には金属の小瓶を握りしめ、炎にかざして不敵に笑う。


 「見てしまいましたね。これが“狐火”の正体です」

 「伝承を利用して、人を脅し、惑わせた。そして、その恐怖を隠れ蓑に殺人を重ねた」


 遼真の声に、達郎は肩をすくめた。

 「大場も、その秘書も、いずれは宿を奪いに来る人間だった。私はこの宿を守ったにすぎない」

 「守るために、人を殺すと?」

 「理想論はよしてください。現実には、金と力が全てだ」


 達郎の声は静かで、むしろ確信に満ちていた。

 だが、その言葉こそが、動機を裏付ける証言だった。


 「狐火は、あなた自身の心に燃え広がった炎だ。欲望の火は、決して神の祟りなどではない」


 遼真の言葉に、達郎の顔が歪む。

 その刹那、宿から駆けつけた警官が懐中電灯を掲げた。

 「動くな!」


 狐火の幻は、白い光にかき消され、闇の中で無惨に消え去った。



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