第3話「函館の風と灯りと」
函館の朝は、潮の香りが濃く、港の汽笛が響いていた。
三つ子を抱えた優人と、ベビーカーを押す遼真の姿は、どこからどう見ても「子育て真っ最中の若い父とその弟」だった。すれ違う観光客は、思わず振り返り、微笑みを浮かべる。
「見て、遼真。市場の活気すごいな」
「さすが函館朝市……イカ釣りまで体験できるのか」
二人は交代で三つ子を抱き、朝市を歩いた。店先には透き通るイカ、鮮やかなカニ、ホタテが並び、呼び込みの声が飛ぶ。
優人が子供に話しかける。
「ほら、これがイカだよ。パパは大好物なんだ」
赤ん坊は何もわからずとも、キラキラ光る水槽をじっと見つめ、小さな手を伸ばした。
「将来、食べる時がきたら大変だぞ。三人分だし」
遼真の冗談に、優人は笑いながら「幸せな悩みだな」と応じた。
◇
昼前、二人は元町を歩いた。坂道を登れば、洋館風の教会や古いレンガ造りの建物が並び、異国情緒が街を包む。
優人は子供を抱いたまま、石畳に足を止める。
「こういう街並みって、なんだか時代を超えた感じがするな」
「うん。横浜や神戸とも似てるけど……函館はもっと静かで深い」
そう答える遼真の声には、編集者らしい観察の眼差しがあった。
観光客に交じって写真を撮り合う二人。ベビーカーに座った三つ子も、道行く人に「かわいい!」と声をかけられ、まるでちいさなスターだった。
◇
午後は赤レンガ倉庫街へ。
大きな湾を背に、歴史的な建物を改装したショップやカフェが並ぶ。
「わぁ……まるで明治時代の名残がそのまま残ってるみたいだ」
遼真が感嘆の声を上げる。
カフェに入り、優人は三つ子にミルクを与えながらふと呟いた。
「……玲子さんも、こういうところ好きそうだな」
「本当は姉さんにも見せたいんだよな」
その時、ふと背後に冷たい視線を感じる。
振り返っても、そこにはただ観光客がいるだけ。
しかし、遼真の胸にわずかなざわめきが残った。
◇
そして夜。
二人は三つ子を抱えて函館山ロープウェイに乗った。
ゴンドラが上昇するにつれ、眼下には無数の灯りが広がっていく。
「これが……“百万ドルの夜景”か」
優人が息を呑み、赤ん坊の頬を指でそっと撫でる。
「見えてるかな……いや、まだ見えなくてもいい。いつか一緒にまた来よう」
展望台に降り立つと、風が冷たく頬を打つ。
しかし目の前の光景は、ただただ圧倒的だった。
海に挟まれた街の灯りが、まるで宝石をちりばめたように煌めいている。
遼真は胸の奥に熱を覚え、ぽつりと呟いた。
「……姉さんも、この景色を見てる気がする」
◇
その直後。
展望台の群衆の中――凛とした立ち姿で夜景を見下ろす一人の女性がいた。
黒いスーツに身を包み、風に長い髪を揺らす。
その姿を目にした遼真は、思わず息を呑んだ。
「……姉さん?」
北海道警の職員が後方で控え、周囲に緊張が漂う。
その中心にいるのは、紛れもなく――
天城玲子、警視庁本部長。
だがこの場にいる誰ひとり、彼女が“偶然にここへ観光で来た”とは思っていなかった。
函館の夜景に浮かび上がったその存在は、ただの家族の再会ではなく、新たな物語の始まりを予感させていた。
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