第2話「函館に揺れる影」
羽田から新千歳、そして函館空港へ――。
初めての空の旅に、まだ生後数か月の三つ子たちはぐずりもせず、優人の胸の中で小さな瞳を輝かせていた。
「ほら、見てごらん。海が光ってるよ」
優人は窓から見える津軽海峡を指差し、赤ん坊たちに笑いかける。
「パパが言ってもまだわからないって。でも嬉しそうだね」
遼真は荷物を抱えつつ苦笑しながらも、姪と甥の無邪気な笑みに心が和んでいた。
◇
函館の街は、春風が心地よく吹き渡り、坂道の先には青い海と赤レンガ倉庫の風景が広がっていた。
五人は元町教会群を巡り、ベビーカーを押しながら観光客の列に混じって歩く。
すれ違う人々が思わず目を細め、
「まあ、可愛い三つ子ちゃんね」
と声をかけてくるたび、優人は少し照れながら頭を下げた。
「姉さんがいないのに、完全に“父子旅行”だな」
遼真が笑いながら呟くと、優人は真剣な表情を返した。
「玲子さんには無理をさせたくないんだ。……俺がこうして子供たちを外の世界に触れさせるのも、大事な役目だと思う」
その声音に、遼真は改めて彼を尊敬した。
◇
午後、五人は五稜郭公園へ足を運んだ。
桜はすでに散り、緑の葉が星型の堀を縁取っている。タワーの展望台から見下ろすその景観に、優人も遼真も息を呑んだ。
「すごいな……。本当に星の形をしてるんだ」
「ここで幕末の最後の戦いがあったんだよな。新政府軍と旧幕府軍……」
遼真が呟き、優人は小さく頷いた。
「歴史は血で刻まれた。でも、今こうして子供たちが笑ってるのを見ると……残していくのは平和でありたいな」
三つ子が揃って「あー」と声を上げ、まるで賛同するかのように手を伸ばした。
◇
だがその時だった。
展望台の片隅で、一人の男性がこちらを見つめていた。
年の頃は四十代半ば、背筋の伸びた体躯に無駄のない所作。スーツ姿ではなく、観光客に紛れるような軽装だが、その眼差しには明らかな緊張感があった。
彼は観光客のようにスマートフォンを構えたが、そのレンズは優人と子供たちに向けられている。
遼真が気づき、眉をひそめた。
(……誰だ? なぜ俺たちを見ている?)
男性はすぐにスマホを下ろし、群衆に紛れるように姿を消した。
遼真が思わず立ち上がろうとすると、優人が制した。
「無理に追うな。子供たちを最優先に」
「でも……」
「大丈夫。あの目は……ただの観光客じゃない」
優人の勘は確かだった。
◇
後に判明するその男の名は――
北条雅臣。
北海道警察の方面本部長。
彼は偶然この場にいたのではない。
天城玲子、本部長が極秘出張で函館入りしていることを知り、その夫と子供たちを確認していたのだ。
しかし、その真実を優人も遼真も、この時はまだ知る由もなかった。
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