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第9話「命を迎える準備、物語の完成」


 季節は初夏へと移り変わろうとしていた。

 玲子の腹は日に日に大きくなり、安定期を過ぎて出産へと歩を進めていた。警視庁本部長という立場を考えれば、まだまだ山積みの案件がある。しかし彼女はきっぱりと執務を部下に任せ、いよいよ「母」としての生活を本格的に始めていた。


 ◇


 その日の午後。

 玲子は母・美佐子と妹・真理亜、そして家政婦の初枝と一緒に、入院に備える荷物の確認をしていた。

「着替えは……このくらいで足りるかしら」

「玲子、初めてなんだから用心して多めに持っていきなさい」

 美佐子の助言に、玲子は苦笑しながら頷く。

「母さん、私はもう大人なのよ?」

「母親になろうとしているからこそ、余計に気を配るの」


 隣で真理亜は、タオルを畳みながらふっと顔を上げた。

「お姉ちゃん……赤ちゃんが三人もいるんだよね。すごく不思議だよ。お姉ちゃんのお腹に、もう三人分の未来がいるんだもん」

 玲子はその言葉に胸を打たれ、そっとお腹に手を添えた。

「そうね……不思議。でもね、私ひとりじゃきっと不安だった。こうしてみんながそばにいてくれるから、安心できるのよ」


 初枝は静かに近づき、玲子の肩に毛布を掛けた。

「玲子お嬢様。どうか、この家に生まれてくる命を、私もお守りさせてください」

 玲子はその手を握り返し、涙を堪えながら笑った。


 ◇


 一方その頃、優人は弁護士事務所で大量の案件を抱え、書類に追われていた。

 しかしペンを走らせながらも、頭の中に浮かぶのは玲子とお腹の子供たちのことばかり。

 母・里帆がそんな息子を見かねて声を掛けた。

「優人……仕事も大切だけれど、今は家族のことを一番に考えなさい」

「……わかってる。でも、父親としては、経済的にもちゃんと支えないと」

「その責任感は立派。でもね――玲子さんが本当に求めているのは、あなたが“そばにいること”よ」


 その一言に、優人は手を止めた。深呼吸をして、窓の外の青空を見上げる。

「……そうか。俺がいてこそ意味があるんだな」

 決意を新たに、彼は書類を閉じ、明日からは仕事の配分を見直すと心に誓った。


 ◇


 その夜。

 天城家の居間には、家族全員が集まっていた。

 玲子と優人、父・輝政、母・美佐子、兄・隆明、妹・真理亜。そして家政婦の初枝。さらに優人の母・里帆と姉の明音も駆けつけていた。


 そこに遼真が、大切に抱えた一冊の本を持って姿を現した。

「今日は……みんなに見てもらいたいものがあるんだ」

 差し出されたのは、彼自身が企画し、絵本作家とともに仕上げた絵本の見本だった。


 タイトルは――

『三つの星が生まれた夜』


 ページを開くと、色鮮やかな夜空に三つの小さな星が生まれる場面が描かれていた。

 物語は、暗闇に迷う人々を三つの星が優しく照らし、みんなが笑顔になっていく、という内容。

 最後のページには、大きな文字でこう綴られていた。

「君たちを、みんなが待っていた」


 玲子はページをめくる手を止め、涙を堪えきれずに目頭を押さえた。

「遼真……ありがとう。本当に素敵だわ」

 優人も声を震わせながら頷く。

「これを子供たちに読んであげられるなんて……俺たちにとって最高の贈り物だよ」


 真理亜は姉に寄り添い、優依も一歩前に出て玲子の手を握った。

 二人は視線を交わし、そっと抱き合った。

「これからは、家族として……一緒に守ろうね」

「うん。部活では先輩後輩でも、ここではもう親戚なんだから」

 二人の笑い声に、居間全体が柔らかな空気に包まれた。


 父・輝政は黙って腕を組んでいたが、その瞳には確かな誇りが宿っていた。

 美佐子は手を合わせ、孫の誕生を祈るように目を閉じた。

 そして初枝は、玲子の背にそっと手を添えた。


 こうして天城家と優人の家族は、ひとつの輪になった。

 新しい命を迎える準備は、すでに整いつつあった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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