第5話「広がる報せ、繋がる縁」
翌朝。
玲子は黒のスーツに身を包み、警視庁県警本部長としての執務室に立っていた。
机の上には、重い書類と数多の案件が並んでいる。それでも今日だけは、彼女の胸に秘めた大切な報せを最優先にしようと決めていた。
執務室に呼び入れたのは、常に彼女を支えてきた直属の部下たち――
佐伯俊介警視、河野美里警部補、黒田一樹警部、村井絵里巡査部長、野上涼警部補。
緊張した面持ちで集まった彼らに、玲子は静かに言葉を落とした。
「皆に大切な報告があるの」
一拍置き、視線をまっすぐに向ける。
「私、この度……子を授かりました」
一瞬、時が止まったような静寂。
次の瞬間には、驚きと喜びが入り混じった声が弾けた。
「本部長が……! 本当におめでとうございます!」
「仕事と家庭を両立されて、尊敬いたします」
「ぜひ、私たちで支えさせてください」
佐伯は拳を握りしめて「絶対に無理はなさらないでください」と力強く言い、河野は目元を潤ませながら「本当に嬉しいです」と呟いた。
玲子は頬を紅潮させながら微笑み、深く頭を下げた。
「ありがとう。これからは母になる身としても、皆を信頼して任せていくわ」
◇
一方その頃、優人は弁護士事務所に出勤していた。
事務所には彼の母・里帆と、姉の姿がある。家族ぐるみで続けてきた小さな弁護士事務所は、温かな雰囲気に包まれていた。
里帆は息子の顔を見るなり、目を潤ませた。
「優人……玲子さんから聞いたわよ。本当におめでとう。あなたが父親になるなんて」
「母さん……ありがとう」
優人が照れくさそうに笑うと、里帆はすぐに机の電話を取り上げた。
「やっぱり伝えなきゃね」
番号を押すと、受話器の向こうから落ち着いた声が響いた。
『輝政だ』
「お兄さん、里帆です。玲子さんから妊娠の報告は聞いているでしょう? 私たちにも……孫が出来るのですね」
一瞬の沈黙の後、電話越しに低くも温かな声が返る。
『……ああ。俺たちにも孫が出来たんだな』
その声音には、堅物で通した父の顔とは違う、祖父としての柔らかな喜びが滲んでいた。
しかしすぐに真面目な響きが加わる。
『そういや、彼奴らとは連絡してるのか?』
里帆は受話器を持つ手を少し止め、苦笑した。
「……お兄ちゃんと姉貴たちとは、小学生の時以来会っていませんから。今どこでどうしているのかも、正直わからないんです」
その答えに、輝政は短く「そうか」と返したが、声にはどこか遠い響きが残った。
◇
電話を終えた後、里帆はふと窓の外を見つめた。
――これをきっかけに、途絶えていた縁が少しずつ繋がり直すのかもしれない。
そんな予感を胸に抱きながら、彼女は優人に微笑んだ。
「玲子さんを、そしてお腹の子を、しっかり守ってあげなさい」
「うん。絶対に守るよ」
その声は、父としての決意に満ちていた。
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