第4話「家族に告げる、新しい命」
数日後の午前。
玲子と優人は並んで産婦人科の待合室に座っていた。
玲子の手は小さく震えていたが、隣にいる優人がそっと握りしめてくれる。
「大丈夫。俺がそばにいる」
その言葉に、玲子はふっと肩の力を抜いた。
診察室に呼ばれると、白衣の医師が丁寧にエコーを当て、画面を指差した。
「はい、ここ。小さな袋が見えますね。おめでとうございます。妊娠、間違いありません」
その瞬間、玲子は目頭が熱くなり、優人の手をぎゅっと掴んだ。
「本当に……」
優人はスクリーンを食い入るように見つめ、声を震わせた。
「玲子さんの中に、俺たちの子供がいるんだ……」
診察を終えて病院を出たとき、冬の澄んだ空気が二人を包んだ。玲子は大きく息を吸い込み、優人の腕に身体を預ける。
「私たち、本当に家族になるのね」
「ううん。もうとっくに家族だよ。でも、これからはもっと――だ」
◇
その日の夕方。
出版社から帰宅した遼真は、ふと足を止めた。自分の住む天城家と、玲子と優人が暮らす家は、道路を挟んで真正面に建っている。
この配置は偶然ではなかった。
少し前、玲子がある事件に巻き込まれた――ストーカー・透による執拗なつきまとい。命の危険すら感じさせる出来事に、妹の真理亜が立ち上がった。
「お姉ちゃんの家は、もっと近いほうがいい。私たちがすぐ駆けつけられる場所に」
その強い言葉に、父・輝政も兄・隆明も、そして母・美佐子も賛同した。結果、天城家の真向かいに玲子と優人が新居を構えることとなったのだ。
遼真はその灯りを見上げながら、胸の奥にじんわりと温かさを覚えていた。
◇
夜。
玲子と優人は、決意を胸に実家へ足を運んだ。ほんの数十歩、道路を渡るだけの距離。それでもその短い道のりは、まるで大きな節目へ続く橋のように思えた。
玄関を開けると、リビングに集まった家族の顔が一斉にこちらを向いた。
「お姉ちゃん!」
真理亜が勢いよく立ち上がり、玲子に飛びつく。
「どうしたの?」と問いかける瞳に、玲子は柔らかく微笑んだ。
「実はね……赤ちゃんができたの」
一瞬の沈黙のあと、部屋は歓声に包まれた。
「玲子……!」
母・美佐子は瞳を潤ませ、深く息を吐いた。
「もうすぐ母になるのね……本当に、よかった……」
家政婦の初枝がそっと玲子の肩に手を置き、しっかりと頷いた。
「玲子お嬢様……おめでとうございます」
そして、優人の両手をがっちりと握りしめる。
「どうか玲子お嬢様を御願いします」
その強い言葉に、優人は深く頭を下げた。
「必ず……一生をかけて守ります」
父・輝政は静かに腕を組みながらも、どこか安堵した表情を浮かべていた。兄・隆明も「よくやったな」と短く言葉をかけ、真理亜は涙を浮かべながら玲子に抱きついたまま離れようとしない。
その夜、天城家のリビングには、家族の笑い声と新しい命を祝福する温かな空気が満ちていた。
玲子はお腹に手を添えながら、ふと思った。――この子は、こんなにも多くの人に待ち望まれて生まれてくるのだ、と。
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