第10話 師弟を越えて
氷見家の事件は、ようやく幕を閉じた。
偽装の仕掛けも、古文書のすり替えも、そして兄妹の複雑な動機も――すべてが明らかになった今、屋敷に重苦しい沈黙はなく、ただ静かな安堵が残されていた。
玲子は縁側で深呼吸をした。冷たい富山の風が頬を撫でる。
師匠の大輔と共に推理を重ね、最後には真実を解き明かすことができた。
それでも彼女の胸には、まだ言葉にならない余韻が渦を巻いていた。
「玲子」
背後から声がかかる。振り向けば、大輔が立っていた。
「……よくやったな」
玲子の胸が熱くなる。
「師匠……私、間違ってばかりで」
「推理に間違いはつきものだ。大事なのは、最後に真実へ辿り着くことだ。……お前はもう、立派な探偵の目を持っている」
その言葉は玲子にとって何よりの褒美だった。
* * *
夜、宿舎に戻った大輔のもとを訪ねたのは――天城輝政だった。
二人きりになった部屋で、輝政は窓辺に立ち、背を向けたまま語り出した。
「……大輔。お前が今回の事件をどう収めるか、私はずっと見ていた」
「光栄です、輝政先輩」
高校時代の距離感が、今もどこかに残っている。
大輔は背筋を伸ばし、かつて憧れた先輩の背を見つめた。
やがて輝政は振り返り、まっすぐに大輔を見据えた。
「玲子は……私の娘だ」
その瞬間、大輔の胸に衝撃が走った。
「――なに……?」
言葉が喉に詰まる。
「お前は知らなかっただろう。玲子も、遼真も。だが真実だ。……彼女は私の娘、遼真は私の息子だ」
大輔は深く息を吸い込み、やがて小さく頷いた。
「……だからか。玲子の中にある“芯の強さ”は、先輩譲りだったんですね」
輝政はわずかに微笑んだ。
「玲子の師匠であるお前にだけは伝えておきたかった。あの子に、父としてではなく“師として”寄り添ってくれ。……頼む」
その言葉に、大輔は静かに頭を下げた。
「承知しました」
師と父。
ふたりの想いが交わる瞬間だった。
* * *
数日後、事件を終えた玲子と遼真は、実家へと帰った。
久々に戻った家の匂いに、玲子は胸がじんわりと温かくなる。
玄関の扉を開けると、そこには優人が立っていた。
「玲子!」
彼は駆け寄り、その手を取った。
「おかえり。……本当に無事でよかった」
玲子は頬を緩め、静かに微笑んだ。
「ただいま。待たせてごめんね」
遼真は「俺は部屋にいるから」と気を利かせて去っていった。
残された二人は、自然と向き合った。
「玲子……」
優人は少し照れたように息を吸い、真剣な眼差しを向けた。
「前に画面越しに言ったこと、覚えてる?」
玲子は首を傾げる。
「……“また会いたい”って?」
「それもある。でも、本当に伝えたかったのは……玲子と子どもが欲しいってことだ」
玲子の胸が大きく跳ねた。
「……優人……」
「君と一緒に家庭を築きたい。君の笑顔を、君の想いを、未来へ繋げたいんだ。……それが俺の願いなんだ」
玲子の瞳が潤んだ。
事件の中で迷い、すれ違い、真実を暴いた数日間。そのすべてが一瞬で溶けていくように、優人の言葉は彼女の心を包み込んだ。
彼女は静かに頷き、優人の胸に顔を埋めた。
「……ありがとう。私も……欲しいわ。あなたとの子ども」
優人は玲子を抱きしめ、温かく微笑んだ。
「これからは、二人で未来を作ろう」
玲子の背後には、まだ解くべき謎がいくつも残っている。
だが、その未来に寄り添う伴侶と家族がいる――その確かな実感が、彼女の心を満たしていた。
こうして富山での事件は終わりを告げた。
推理を通じて師弟の絆は深まり、家族の絆は新たな一歩を刻む。
玲子の胸には、“師匠の教え”と“夫の願い”――二つの想いが共鳴していた。
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