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第9話 裁きと赦し



 稲荷神社で見つかった古文書の断片と、氷見家に残された矛盾する証言。

 すべてを繋ぎ合わせたとき、玲子の中でひとつの答えが形を成していた。


 夜、氷見家の広間に再び家族と使用人たちが集められた。

 大輔が低く言う。

「この場で真実を明らかにする。……古文書を外へ持ち出した者、そして“盗難未遂の芝居”を仕掛けた者がいる」


 場の空気が一気に張りつめる。

 玲子は一歩前に出て、強い声で告げた。

「――偽装を行ったのは、志保さん。あなたです」


 広間にざわめきが走った。志保は唇を噛みしめ、俯いた。


「待て!」長男の篤人が声を荒げる。「志保がそんなことをするわけが――」


「違うんです、兄さん!」

 志保が叫んだ。声は震えていたが、その瞳には決意が宿っていた。


「……私が蔵を狙うふりをした。印を刻んだのも私。でも本当に古文書を持ち出したのは、兄さん――あなたよ」


 篤人の顔色が変わる。

 玲子は深く頷いた。

「そう。印は“庇いの証”。志保さんは、兄を守るために自ら犯人を装った」


 篤人は拳を握りしめ、声を荒げた。

「俺は……俺は、借金取りに脅されていた! 氷見家の古文書を渡せば見逃してやると……。だが、家の名を汚すことなどできなかった」


 震える声で、志保が言葉を継ぐ。

「だから私が、兄さんの罪を背負おうとしたの。偽装をすれば、本物は安全に隠せると思った……」


 玲子の胸が締めつけられた。

 ――やはり最初に感じた直感、“庇う動作”は真実だったのだ。


 大輔が低く告げる。

「篤人、志保。動機が何であれ、罪は罪だ。だが……」

 その瞳は柔らかさを帯びていた。

「庇おうとした志保の想い、そして苦しみの中で迷った篤人の心。俺たちは見逃さない。真実を裁くのは警察だが、赦しを与えるのは人の心だ」


 玲子はそっと言葉を添えた。

「志保さん。あなたが兄を守ろうとした気持ち……私は責めません。でも、これ以上は秘密ではなく、真実として向き合うべきです」


 志保の瞳から涙がこぼれた。

「ごめんなさい……兄さんを守りたかっただけなのに」


 篤人はそんな妹を抱きしめ、声を震わせた。

「俺のせいだ。志保、お前にこんなことをさせて……」


 その姿に、氷見家の者たちも静かに涙を流した。


 遼真は玲子の隣で呟いた。

「……人って、誰かを守ろうとするときに、一番罪深い選択をしちゃうのかもしれないな」


 玲子は小さく頷いた。

「でも、その想いがあるからこそ、真実は歪められる。……だから私たちが解かないといけないんだ」


 こうして事件は決着を迎えた。

 罪を犯した者も、庇おうとした者も――心の奥にある“守りたい気持ち”が真実を覆い隠していた。


 けれど、それを暴き、明るみに出したことで初めて、“裁きと赦し”の両方が訪れるのだと、玲子は強く胸に刻んだ。



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