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第8話 暴かれる偽装


 翌朝、氷見家の屋敷はしんと静まり返っていた。

 しかし、玲子たちの胸の内は嵐のようにざわついていた。


 蔵の扉に残された刻印。その奇妙な線の組み合わせを、夜を徹して解析した結果、大輔はひとつの仮説を導き出していた。


「……これは“地図”だ」

 広間に集められた玲子と遼真に、大輔はそう告げた。


「地図?」玲子が首を傾げる。

「そうだ。富山城下町の古い地図を参照したら、この線と一致する部分があった。――氷見家から南へ二町ほど離れた、小さな稲荷神社だ」


 遼真の目が丸くなる。

「つまり、犯人は最初からそこに誘導しようとしてたってこと?」


 大輔は頷いた。

「蔵を狙うふりをして印を残す。実際には、その印を読み解ける者に“次の場所”を知らせるための偽装だった」


 玲子は思わず息を呑む。

「つまり……“未遂”は芝居。真の目的地は神社」


 * * *


 昼過ぎ、三人は稲荷神社へと向かった。

 雪の残る参道を進むと、朱塗りの鳥居が静かに立ち、境内には人影もなかった。


 玲子は鳥居をくぐり、冷たい石畳を踏みしめながら周囲を見回す。

「……静かすぎる。誰も来ていないみたい」


 だが、大輔は首を横に振った。

「いや、昨日の雪の上に新しい足跡がある。つい今朝方のものだ」


 遼真が鳥居の根元にしゃがみ込む。

「姉さん、こっち! 何か埋めてある!」


 土をかき分けると、小さな桐箱が姿を現した。

 玲子は息を呑み、慎重に蓋を開ける。


 中には、薄い和紙に包まれた数枚の紙片――。

 その一部は、氷見家の蔵に保管されていたはずの古文書と同じ筆跡だった。


「やっぱり……」玲子の声が震える。

「犯人は、蔵から“本物”を持ち出したんじゃない。あらかじめここに“隠したもの”を蔵に戻すつもりだった」


 大輔が鋭い眼差しで言葉を継ぐ。

「つまり、これは“すり替え”の偽装だ。本物を外に出し、偽物を蔵に残す。そのための芝居が“盗難未遂”」


 遼真が思わず口を挟む。

「じゃあ……誰かはもう古文書を持ってるってことか!?」


 大輔はうなずく。

「その通りだ。そして、偽装を仕掛けた者は、自分を“犯人”に見せかけることで真の持ち出し犯を庇っている」


 玲子は胸の奥が痛んだ。

 ――誰かを守るための偽装。

 彼女が最初に感じた直感が、現実となって迫ってきた。


「師匠……でも、それなら庇われている“真犯人”は誰なんですか?」

「それを突き止めるのが俺たちの役目だ」


 その時、神社の奥から風が吹き抜け、紙片が一枚ふわりと舞い上がった。

 玲子が慌てて拾い上げると、そこには古びた墨跡で一文が記されていた。


 ――「あの夜の血を、我らは忘れぬ」


 玲子は震えた。

「……これって、父さんが言ってた“未解決事件”と関係がある?」


 大輔の表情が険しくなる。

「可能性は高い。氷見家の古文書はただの家宝じゃない。“過去の罪”を記した証拠でもあるんだ」


 玲子は拳を握り締めた。

 偽装の裏にあるのは、単なる盗みではなく“家と血の因縁”。


 事件は、氷見家だけの問題ではない。

 過去と現在を繋ぐ、大きな謎へと姿を変え始めていた。



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