第6話 すれ違う真実
氷見家の蔵を巡る調査は、日に日に複雑さを増していた。
残された暗号のような刻印、矛盾する証言、そして“未遂”という奇妙な偽装――。
蔵の前に立った玲子と大輔は、同じ現象を前にしながらも、まったく異なる答えを口にしていた。
「師匠、やっぱり誰かを庇ってるんです。あの未遂は、“真犯人を隠すため”に仕組まれたんだと思います」
玲子は真剣な眼差しで師を見上げた。
だが大輔は首を横に振る。
「甘いな、玲子。庇うためにここまで複雑な仕掛けをする必要があるか? 俺はむしろ、犯人は“自分を強調するために”未遂を演出したと見ている」
「自分を……強調?」
「そうだ。偽装は庇うためじゃない。“注目を浴びるため”だ。真犯人が別にいるなら、こんな印象的な痕跡は残さない」
玲子は唇を噛んだ。
「……でも、私の見た“影”は確かに、誰かを守ろうとしていた。あの仕草は――庇う者の動きでした」
ふたりの視線がぶつかる。
大輔は理論、玲子は直感。普段は補い合う両輪が、いまは噛み合わず火花を散らしていた。
「玲子。推理に必要なのは“証拠”だ。直感だけで事件は解けない」
「……証拠だけで人の心は測れません!」
一瞬の沈黙。
玲子の声は思わず震え、彼女自身の胸を刺した。
大輔は何も言わず、ただ背を向けて歩き出す。
残された玲子は、冷たい夜風に肩を抱かれるように立ち尽くしていた。
⸻
その後、屋敷の廊下。
玲子は弟の遼真と並んで歩いていた。
「姉さん……大輔さんと喧嘩?」
遼真の問いかけに、玲子は小さく首を振る。
「喧嘩じゃない。ただ……私の考えを分かってほしかった」
「そっか。……でも、姉さんの直感、俺は信じるよ」
遼真の言葉に、玲子の胸の奥がわずかに和らいだ。
その時だった。玲子のスマホが震え、画面に一つの名前が浮かんだ。
――優人。
玲子の頬が一瞬で赤く染まる。
「……ちょっとごめんね」
彼女は廊下の隅に身を寄せ、通話ボタンを押した。
「玲子、元気か?」
画面越しに映ったのは、優しげな笑顔の青年――玲子の夫、そして遼真の大学時代の友人である優人だった。
まだ結婚して間もない“新婚ほやほや”の夫婦。玲子の表情も自然と柔らかくなる。
「優人……どうしたの?」
「声が聞きたくてさ。ほら、最近忙しいだろ。会えなくて……寂しいんだ」
優人はカメラ越しに顔を近づけ、にこりと笑った。
そして――画面越しに、玲子へと軽く唇を寄せた。
「……っ!」
玲子は思わずスマホを胸に抱きしめ、顔を赤らめる。
後ろで遼真が苦笑いをしていた。
「……おいおい、姉さん、俺が横にいるんだけど」
玲子は慌てて弟に背を向ける。
「し、仕方ないでしょ! 優人が急に……!」
優人は真剣な眼差しで続けた。
「玲子……またすぐに会いたい。富山の事件が落ち着いたら、少しでもいいから帰ってきてくれないか?」
「……うん、私も会いたい」
玲子の声は自然と震えていた。
さらに優人は言葉を重ねた。
「それに……子どもが欲しいんだ。玲子と一緒に、家庭を築いていきたい」
玲子の目が見開かれる。
「……優人……」
彼の言葉は、玲子の胸を温かくも切なくも締めつけた。
事件の渦中にある自分と、家庭を築こうと願う夫。その距離は、近くて遠い。
「必ず戻る。約束するわ」
玲子は小さな声で答えた。
通話を終え、玲子はしばらくスマホを見つめていた。
遼真が静かに口を開く。
「……姉さん、幸せそうだな」
玲子は照れ隠しのように笑った。
「ええ、幸せよ。でもね……その幸せを守るためにも、この事件は解かなきゃいけない」
窓の外では雪が舞い始めていた。
玲子の心には、大輔とのすれ違い、父の期待、そして夫の願い――複数の想いが重なり合い、複雑な迷路を描き始めていた。
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