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第5話 過去との接点



 午後遅く。氷見家の屋敷に黒塗りの車が静かに滑り込んだ。

 玄関に現れたのは、警視総監・天城輝政。精悍な眼差しと、背筋の伸びた立ち姿が、場の空気を一瞬にして引き締めた。


「――輝政先輩」

 舵村大輔は思わず立ち上がる。

 声にわずかな敬意と驚きが混ざった。


 輝政は薄く笑んだ。

「久しぶりだな、大輔。もう本部長か。高校の頃は野球ばかりしていたと思ったが」


「そちらこそ……警視総監。高校三年のとき、俺はまだ一年生で。あの頃はただの“憧れの先輩”でしたよ」

 大輔は苦笑を浮かべた。


 かつて同じ校舎で過ごした記憶が、互いの言葉に影を落とす。年齢差は二つ。だがその距離は大きかった。輝政はすでに大人びた存在で、大輔にとっては手の届かぬ光のような存在だったのだ。


 その空気を、玲子と遼真は静かに見守っていた。

 父と師匠――二人が並び立つ姿を目にし、玲子の胸は複雑に揺れ動く。


 * * *


 夜。

 屋敷の一室で、輝政は子どもたち――玲子と遼真を呼び寄せていた。

 薄明かりの中、三人は静かに座している。


「玲子、遼真。……お前たちも、もう子供ではない」

 輝政の声は低く、だが父としての温度を帯びていた。


「父さん」玲子が口を開いた。「どうして、わざわざ富山まで?」


「今回の件は、ただの盗難未遂ではない。――氷見家の古文書は、警察内部でも極秘に扱われている。表に出せぬ“過去”が記されているからだ」


「過去……?」遼真が息を呑む。


 輝政は窓の外の闇に視線をやった。

「昭和の時代、ある未解決事件があった。氷見家はその渦中にいた。古文書は、事件を裏付ける証拠とも言われている」


 玲子と遼真は目を見合わせた。

 ――父は、自分たちにまで話すほど、今回の事件を重く見ている。


 やがて輝政は娘を見つめた。

「玲子。お前は大輔のもとで学んでいるそうだな」


 玲子は一瞬言葉に詰まり、うなずいた。

「はい。……師匠は厳しいけど、信じられる人です」


 輝政の瞳に、かすかな陰が差す。

「そうか。ならば、徹底的に学べ。ただし……決して全てを委ねるな。師匠と弟子の関係と同時に――お前は“私の娘”でもあるのだから」


 玲子は胸が締めつけられた。

 父の言葉は温かくもあり、同時に鋭い縛りのようでもあった。


 その傍らで、遼真が静かに拳を握る。

「父さん……俺も手伝いたい。氷見家の秘密が何であろうと、玲子を守るためなら」


 輝政は短くうなずいた。

「頼もしいな、遼真」


 父と子、そして姉弟の絆。

 だがこの会話の裏で――玲子と遼真が知らぬところで――輝政は、いつか大輔に真実を告げねばならぬと心の奥で決意していた。



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