第7話 密室の真実
翌朝。
《稲荷の湯》の大浴場は、すでに使用禁止となっていた。
白木の桶や湯椅子が無造作に片付けられ、まだ湿り気を帯びた石畳からは、かすかな硫黄臭だけが残っている。
天城遼真は、宿の許可を得て浴場に足を踏み入れた。
昨朝、大場重三が発見された現場。警察は「心臓発作による事故死」としたが、遼真の目にはどうしても不自然な点があった。
――なぜ窓が少しだけ開いていたのか。
――なぜ湯面に、泡があの形で浮かんでいたのか。
彼は浴槽の縁に腰を下ろし、石畳の勾配を確かめた。わずかに外側へ傾いている。つまり、浴槽内で暴れた際には水が窓の方へと溢れやすい。
「……やはり、これは偶然ではない」
遼真は湯口を覗き込み、給湯管の周囲に微かな擦れ跡を見つけた。
そこには、何か細工が施されていた痕跡がある。
「毒か……いや、違う。これは時間差で熱湯を流し込む仕掛けだ」
通常は温泉の湯温は一定に保たれる。だが、給湯管のバルブを細工すれば、外部から一時的に高温の湯を流し込むことが可能だ。
心臓の弱い老人がその熱湯を浴びれば――心臓発作に似た症状で命を落とす。
そして、窓を開けて冷気を取り入れれば、検視の際には発作死と誤認させられる。
――これこそ、犯人が仕組んだ“密室のトリック”だ。
遼真は目を細め、昨日の夜、裏山で自分を見咎めた義兄・橋爪達郎の姿を思い出した。
彼ならば宿の構造を熟知しており、浴場の給湯管に細工することも容易だ。
だが――それだけで決めつけるのは早計だ。
「証拠が必要だ」
その時、背後から声がかかった。
「探偵まがいの真似は、やめていただきたいですね」
振り返ると、そこにはやはり橋爪達郎が立っていた。
眼鏡の奥の瞳は冷え冷えとして、まるで何も感情を宿していないかのようだった。
「あなた、何を調べているんです?」
「……伝承を追っているだけですよ」
遼真は受け流したが、内心は確信していた。
――この男は、何かを隠している。
そしてそれは、“狐火の謎”とも繋がっているはずだ。
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