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第4話 動機の迷路



 氷見家の広間には、重い沈黙が漂っていた。

 昨夜の「盗難未遂」が実は“偽装”であると告げられた瞬間から、家族も使用人も一様に顔を曇らせている。


 玲子は視線を巡らせながら、心の奥に渦巻く違和感を押さえきれなかった。

 ――誰かが誰かを守ろうとしている。

 だが、それは一体、何を意味するのか。


「さて……少し話を聞かせてもらおうか」

 大輔が一歩前に出る。その声には威圧ではなく、静かな重みがあった。


 まず口を開いたのは長男の篤人だった。

「父が大事にしている古文書に価値があることは、家の者なら誰でも知っている。……だが、俺は狙う理由などない。むしろ守る立場だ」

 そう言いながらも、篤人の視線は一瞬だけ妹の志保に揺れた。


 志保はその視線を受け止め、唇をきつく結んだ。

「兄さんは、そう言うでしょうね。けど、本当は借金を抱えているんじゃないの? 街で“金を貸してくれ”と誰かに頭を下げていたのを見た人がいるわ」


 その暴露に、広間がざわめいた。

 篤人は声を荒げた。

「志保! 俺は……」


 そこに、今度は使用人の初老の男が重々しく口を挟んだ。

「しかし、お嬢様。あなたこそ、この古文書を憎んでいたではありませんか。『この家がいつまでも古臭い因習に縛られているのは、あの紙切れのせいだ』と……」


 志保の顔色が変わった。

「そんなこと……!」


 玲子は鋭く観察していた。篤人は経済的な理由、志保は家への反発。どちらにも“動機”はある。だが、それだけでは説明がつかない。

 ――なぜ“未遂”にとどめたのか。


 ふと、遼真が小声で言った。

「……誰かを庇ってるんだよな。じゃあ、動機を持つ人の後ろに、もっと隠れてる“本当の対象”がいるんじゃないか?」


 玲子ははっとした。

 動機が複雑に絡み合っているのは、まるで迷路のようだ。表に出ている理由の裏側に、さらに深い“真実の動機”が隠されている。


「師匠……この事件、容疑者を一人に絞ることはできません。みんな動機を抱えている。でも、そのどれもが“核心”ではない気がします」


 大輔はゆっくりと頷いた。

「その通りだ。玲子。推理はいつだって“動機”の迷路を進むことになる。だが大事なのは、迷路に出口があると信じることだ」


 玲子はその言葉に息を呑んだ。

 迷路の出口――それはきっと、凛奈が残していった“辛すぎる鍵”と結びつくはずだ。


 だが、いまの彼女の胸にはもう一つの迷いがあった。

 ――もし本当に“誰かを庇うための偽装”だとしたら。

 それは単なる罪ではなく、“守りたいもののための行為”なのかもしれない。


 その時、広間の外から冷たい風が吹き込んだ。

 風の音が、不意に玲子には“何かの合図”のように聞こえた。


「……迷路の出口は、まだ遠い」

 玲子は小さく呟いた。



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