第九話「暴かれる執着」
出雲署の慌ただしい夜。
狙撃犯の影が騒然とする中、玲子は廊下を歩いていた。
その時――。
「……天城玲子さん?」
柔らかくも凛とした声が背中に届いた。
玲子は足を止め、振り返る。
そこに立っていたのは、黒髪をきっちりと束ね、制服姿に威厳を纏った一人の女性だった。
彼女の名は 川瀬真弓。
島根県警本部長であり、玲子にとっては警察学校時代の先輩である。
「……川瀬本部長」
玲子の瞳が揺れた。
互いに短く頷き合う。その一瞬で、長年の記憶が甦る。
◆
「やはり……あなたでしたか」
川瀬は玲子に近づき、低い声で囁いた。
「“県警本部長の娘”でありながらも、自ら警察の道に進んだ。あの玲子が、まさか表では名を隠して……」
玲子は視線を落とし、苦く微笑んだ。
「公にすれば、家族にも、職務にも……大きな影響が出るから」
川瀬の目には揺るがぬ誇りが映っていた。
「私も覚えていますよ。研修のとき、あなたは一度だって弱音を吐かなかった。……あなたが遼真君を庇っていることも、すぐに分かりました」
玲子の胸がざわめく。
だがそのやり取りを、廊下の奥から見ていた人物がいた。
隆明――刑事局長であり、玲子の兄。
◆
「川瀬本部長……久しぶりだな」
隆明が歩み寄る。
川瀬は静かに笑った。
「隆明さん。あなたとは本庁で幾度も顔を合わせましたね。――妹さんのことで、無理をされていませんか?」
隆明は短く息を吐く。
「妹を妹として守るのか、部下として突き放すのか……正直、答えは出ていない」
その言葉に川瀬は頷き、玲子を見やった。
「けれど、隠すことはもう難しいでしょう。事件がこれほど広がれば……」
玲子の胸に、真理亜の言葉が蘇る。
――「お姉ちゃん、堂々と正体を明かしたら?」
揺れる決意。
◆
その頃。
取調室から一歩離れた、別室。
柳瀬透が姿を現していた。
連行されたわけでもない。まるで自らの意思で歩いてきたかのように。
「……玲子さん」
透の目は狂気と愛情の境界線に立ち、ただ一人の女性を見つめていた。
「あなたが……俺を覚えていなくてもいい。でも俺は、ずっと、あなたのことを……」
声が震え、言葉が掠れる。
傍らにいた警察官が手錠を掛けようと動くが、透は必死に言葉を放った。
「俺にとって……天城の家族は、本当の家族みたいな存在だった! だから、あの時も……!」
父・輝政、兄・隆明に向けられた視線には、奇妙な憧れと嫉妬が入り混じっていた。
「俺は、あなたたちの中に入りたかったんだ……玲子さんの隣に」
その歪んだ告白に、場の空気が凍り付いた。
玲子はただ唇を噛みしめるしかなかった。
――透の執着。
それは単なる恋ではなく、天城家そのものへの歪んだ憧れと“家族願望”だった。
そして、暴かれたその執着は、事件の核心に触れ始めていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




