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第九話「暴かれる執着」



出雲署の慌ただしい夜。

狙撃犯の影が騒然とする中、玲子は廊下を歩いていた。

その時――。


「……天城玲子さん?」


柔らかくも凛とした声が背中に届いた。

玲子は足を止め、振り返る。

そこに立っていたのは、黒髪をきっちりと束ね、制服姿に威厳を纏った一人の女性だった。


彼女の名は 川瀬真弓。

島根県警本部長であり、玲子にとっては警察学校時代の先輩である。


「……川瀬本部長」

玲子の瞳が揺れた。

互いに短く頷き合う。その一瞬で、長年の記憶が甦る。



「やはり……あなたでしたか」

川瀬は玲子に近づき、低い声で囁いた。

「“県警本部長の娘”でありながらも、自ら警察の道に進んだ。あの玲子が、まさか表では名を隠して……」


玲子は視線を落とし、苦く微笑んだ。

「公にすれば、家族にも、職務にも……大きな影響が出るから」


川瀬の目には揺るがぬ誇りが映っていた。

「私も覚えていますよ。研修のとき、あなたは一度だって弱音を吐かなかった。……あなたが遼真君を庇っていることも、すぐに分かりました」


玲子の胸がざわめく。

だがそのやり取りを、廊下の奥から見ていた人物がいた。


隆明――刑事局長であり、玲子の兄。



「川瀬本部長……久しぶりだな」

隆明が歩み寄る。

川瀬は静かに笑った。

「隆明さん。あなたとは本庁で幾度も顔を合わせましたね。――妹さんのことで、無理をされていませんか?」


隆明は短く息を吐く。

「妹を妹として守るのか、部下として突き放すのか……正直、答えは出ていない」


その言葉に川瀬は頷き、玲子を見やった。

「けれど、隠すことはもう難しいでしょう。事件がこれほど広がれば……」


玲子の胸に、真理亜の言葉が蘇る。

――「お姉ちゃん、堂々と正体を明かしたら?」


揺れる決意。



その頃。

取調室から一歩離れた、別室。

柳瀬透が姿を現していた。

連行されたわけでもない。まるで自らの意思で歩いてきたかのように。


「……玲子さん」


透の目は狂気と愛情の境界線に立ち、ただ一人の女性を見つめていた。


「あなたが……俺を覚えていなくてもいい。でも俺は、ずっと、あなたのことを……」


声が震え、言葉が掠れる。

傍らにいた警察官が手錠を掛けようと動くが、透は必死に言葉を放った。


「俺にとって……天城の家族は、本当の家族みたいな存在だった! だから、あの時も……!」


父・輝政、兄・隆明に向けられた視線には、奇妙な憧れと嫉妬が入り混じっていた。

「俺は、あなたたちの中に入りたかったんだ……玲子さんの隣に」


その歪んだ告白に、場の空気が凍り付いた。


玲子はただ唇を噛みしめるしかなかった。


――透の執着。

それは単なる恋ではなく、天城家そのものへの歪んだ憧れと“家族願望”だった。


そして、暴かれたその執着は、事件の核心に触れ始めていた。



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