第七話「妹の決意」
出雲の夜。
県警本部の仮設控室。
薄明かりのランプの下、天城真理亜は静かに口を開いた。
「……ねえ、玲子姉さん」
呼びかけられた玲子は、わずかに肩を震わせた。
一日中、遼真が容疑者扱いされている状況に心をすり減らしていたからだ。
妹の真理亜がこの地まで一人で駆けつけてきたこともあり、内心は落ち着かない。
「何かしら、真理亜」
「私、思ったんだけど……堂々と、正体を明かしたら?」
玲子は息を呑んだ。
そして、妹をじっと見つめ返す。
「真理亜……あなた、何を言ってるの?」
「だって、このままじゃ遼真兄さんが……全部の罪を背負わされちゃう。姉さんは警察本部長でしょう? その権限を使えば、すぐに誤解は解けるはず」
真理亜の声は震えていなかった。
むしろ妹としての強い確信と、家族を守るための必死さが宿っていた。
玲子は唇を噛む。
正体を明かせば、一気に事態は動く。だが、同時に――警察庁内の権力争い、生活安全局長・柳瀬剛志との関係、そして透の存在が「ただの恋に狂った青年」ではなく、「警察組織の闇」として暴かれてしまう。
その重さを知っているからこそ、身動きが取れなかったのだ。
◆
その時。
扉が開き、隆明が入ってきた。
刑事局長として冷静な立場を崩さずにいたが、妹と姉の会話を聞き取ってしまった。
「――正体を明かすだと?」
隆明の低い声が、部屋に落ちた。
真理亜は振り向き、毅然と答える。
「はい。もうこれ以上、遼真兄さんを苦しませるべきじゃない」
隆明の眉がぴくりと動いた。
「甘い。お前は何も分かっていない。ここで玲子が正体を明かした瞬間、この事件は“個人の犯罪”から“警察庁内部の醜聞”に変わるんだぞ。生活安全局長の息子が恋愛沙汰で暴走した。それだけで済む話を……自らの立場を晒せば、組織全体が揺らぐ」
「でもっ!」
真理亜は一歩踏み出す。
「じゃあ、遼真兄さんは? 彼一人が容疑者扱いされて、世間から責められて、それでいいの? 姉さんを守るために黙ってるのに……」
「……」
隆明は言葉を詰まらせた。
その横で玲子は両手を胸に組み、俯いたまま震えていた。
「真理亜……私は、遼真を守りたい。でも、同時に警察組織も守らなくちゃならない。どちらか一方だけを選ぶことは……」
「それが大人の理屈なんでしょ?」
真理亜の瞳が強く光る。
「でも私は、妹として玲子姉さんに言うの。家族を守りたいなら、全部を背負う覚悟をして。そうじゃないと……遼真兄さんはきっと耐えきれない」
沈黙。
隆明は妹の言葉に、かすかな怒りと同時に一抹の真実を感じ取っていた。
そして――玲子は小さく震える声で呟いた。
「……私に、背負えるかしら」
真理亜は姉の手を握った。
「背負えるよ。だって、私たちの姉だから」
隆明は深く息を吐き、二人を見つめながら静かに言った。
「……今はまだ、正体を明かすな。だが――決断の時はすぐに来る。その時、本当にお前が立ち上がれるかどうか……俺は見極める」
重い言葉が落ちた。
姉妹の間に芽生えた“真理亜の決意”は、やがて運命を動かす力になる。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




