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第七話「妹の決意」



出雲の夜。

県警本部の仮設控室。

薄明かりのランプの下、天城真理亜は静かに口を開いた。


「……ねえ、玲子姉さん」


呼びかけられた玲子は、わずかに肩を震わせた。

一日中、遼真が容疑者扱いされている状況に心をすり減らしていたからだ。

妹の真理亜がこの地まで一人で駆けつけてきたこともあり、内心は落ち着かない。


「何かしら、真理亜」

「私、思ったんだけど……堂々と、正体を明かしたら?」


玲子は息を呑んだ。

そして、妹をじっと見つめ返す。


「真理亜……あなた、何を言ってるの?」

「だって、このままじゃ遼真兄さんが……全部の罪を背負わされちゃう。姉さんは警察本部長でしょう? その権限を使えば、すぐに誤解は解けるはず」


真理亜の声は震えていなかった。

むしろ妹としての強い確信と、家族を守るための必死さが宿っていた。


玲子は唇を噛む。

正体を明かせば、一気に事態は動く。だが、同時に――警察庁内の権力争い、生活安全局長・柳瀬剛志との関係、そして透の存在が「ただの恋に狂った青年」ではなく、「警察組織の闇」として暴かれてしまう。


その重さを知っているからこそ、身動きが取れなかったのだ。



その時。

扉が開き、隆明が入ってきた。

刑事局長として冷静な立場を崩さずにいたが、妹と姉の会話を聞き取ってしまった。


「――正体を明かすだと?」

隆明の低い声が、部屋に落ちた。


真理亜は振り向き、毅然と答える。

「はい。もうこれ以上、遼真兄さんを苦しませるべきじゃない」


隆明の眉がぴくりと動いた。

「甘い。お前は何も分かっていない。ここで玲子が正体を明かした瞬間、この事件は“個人の犯罪”から“警察庁内部の醜聞”に変わるんだぞ。生活安全局長の息子が恋愛沙汰で暴走した。それだけで済む話を……自らの立場を晒せば、組織全体が揺らぐ」


「でもっ!」

真理亜は一歩踏み出す。

「じゃあ、遼真兄さんは? 彼一人が容疑者扱いされて、世間から責められて、それでいいの? 姉さんを守るために黙ってるのに……」


「……」


隆明は言葉を詰まらせた。

その横で玲子は両手を胸に組み、俯いたまま震えていた。


「真理亜……私は、遼真を守りたい。でも、同時に警察組織も守らなくちゃならない。どちらか一方だけを選ぶことは……」


「それが大人の理屈なんでしょ?」

真理亜の瞳が強く光る。

「でも私は、妹として玲子姉さんに言うの。家族を守りたいなら、全部を背負う覚悟をして。そうじゃないと……遼真兄さんはきっと耐えきれない」


沈黙。

隆明は妹の言葉に、かすかな怒りと同時に一抹の真実を感じ取っていた。


そして――玲子は小さく震える声で呟いた。


「……私に、背負えるかしら」


真理亜は姉の手を握った。

「背負えるよ。だって、私たちの姉だから」


隆明は深く息を吐き、二人を見つめながら静かに言った。


「……今はまだ、正体を明かすな。だが――決断の時はすぐに来る。その時、本当にお前が立ち上がれるかどうか……俺は見極める」


重い言葉が落ちた。

姉妹の間に芽生えた“真理亜の決意”は、やがて運命を動かす力になる。



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