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第六話「父と父」



出雲署の一室。

逮捕された透は留置場に収められたが、事件の余波は収まる気配を見せなかった。


その影の中に、ひとりの若者の名が依然として挙がり続けていた。


――天城遼真。


事件現場の第一発見者であり、状況証拠がいくつも重なっていたからだ。

現場に居合わせ、血痕の近くに立っていたこと。通報が早すぎること。さらには、被害者とされた玲子の存在があまりに曖昧であること。


「女性は“ただの同伴者”と彼は言っているが……本当にそうか?」

「しかも名前も身元も明かさない。何か隠しているとしか思えない」


地元警察官の視線は、次第に遼真へと疑念を深めていった。


玲子は警察本部長である自分の身分を隠し続けていた。

明かしてしまえば、全ての事情はすぐに整理できる。だが、警察庁内外の複雑な力学――とりわけ、生活安全局長の息子が絡んでいるこの事件では、軽々に身分を晒すことは危険だった。


だからこそ、遼真が「容疑者」として疑われる立場を甘んじて背負うしかなかったのである。



夜更け。

署の別室に、二人の大物が静かに腰を下ろしていた。


警視総監・天城輝政。

生活安全局長・柳瀬剛志。


互いに長年の同志であり、そして今回の事件では「家族」を賭けて相対する立場となった二人。


「……剛志」

輝政が口を開く。

「透の件は……私の家族を巻き込みすぎた。玲子も、遼真も」


剛志は苦い顔をし、両手を組みながら呟いた。

「分かっている。だが……息子は私の息子だ。刑期十年を言い渡された時、私も妻も……信じられなかった。あの子は頭が良く、正義感も強いとばかり思っていた。だが……心の奥底に、狂気を抱えていたのだろうな」


「正義感と執着は、紙一重だ」

輝政は目を伏せる。

「玲子を想い続けたがゆえに、罪に走った。だが、それを見抜けなかったのは……親としての責任だ」


剛志は苦笑を浮かべ、輝政を見た。

「……お前に言われたくはないな。私から見れば、お前も娘を守るために周囲を欺き続けている。同じだろう?」


一瞬、空気が凍りついた。

玲子の正体――県警本部長である事実を、剛志は薄々察していた。

だが、あえて口に出さなかった。


沈黙の中、輝政は低く言った。

「剛志。私は警視総監である前に、一人の父親だ。玲子を守る。それだけは譲れん」

「……私も同じだ。だが、そのせいでお前の息子・遼真が容疑をかぶっている。このままでは……家族同士が、互いに食い合うことになる」


二人の父親の声は、静かだが切実に揺れていた。



同じ頃。

留置場の裏手、廊下の隅に遼真は腰を下ろしていた。


取り調べを受けたばかりの彼は、まだ容疑を晴らせない立場にあった。

だが、その眼差しは一点を見つめ、揺るがなかった。


――玲子姉さんの正体を明かすわけにはいかない。

――だからこそ、僕が疑われるしかない。


胸の奥でそう繰り返しながら、遼真はただ静かに夜を耐えていた。


その姿を遠くから見つめる玲子の眼差し。

彼女の唇は、声にならぬ言葉を震わせていた。


「遼真……ごめんね」


だが、まだ真実は明かせない。

父も兄も、剛志も――この出雲の地で渦巻く“闇”を完全に断ち切るまでは。



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