第9話「暴かれる執着」
取調室の薄暗い蛍光灯の下。
柳瀬透は椅子に座らされ、両手を前に組んだまま、うなだれていた。
その前に立つのは、天城家の父・輝政と兄・隆明。二人は制服姿のまま、静かに透を見下ろしている。
しばし沈黙が流れる。
透は俯いたまま、掠れる声で口を開いた。
「……やっぱり、あんたたちが来ると思ってたよ」
隆明が低く応じる。
「透。お前は何を考えてこんな馬鹿なことをした。玲子姉さんを狙うなんて――」
その言葉に、透は顔を上げた。
その目はどこか虚ろで、それでいて懐かしさを帯びていた。
「俺にとって……天城家は、家族みたいな存在だったんだ。高校時代、玲子先輩のことを想って、遼真と遊んで……お前とも一緒に部活帰りに語った。あの時間が、俺には居場所だった」
輝政は険しい表情を崩さずに問いかける。
「なら、なぜその“家族”を壊そうとした? 銃まで持ち出して、玲子を奪おうとした。愛情ではなく、ただの執着だ」
透の肩が小さく震える。
「わかってる……でも、どうしても諦められなかったんだ。玲子先輩が優人なんて男に奪われるなんて……。俺じゃなくて、なんであいつなんだって、夜も眠れなくなった」
隆明は強く机を叩いた。
「透! 玲子姉さんはお前のものじゃない! 姉さんが選んだのは優人さんだ。それを認めるのが、本当の“家族”じゃないのか!」
透は苦しげに笑う。
「そうだな……でもな、俺は家に帰っても、家族って感覚がなかったんだ。父は生活安全局の局長で、俺のことなんか眼中にない。母は家に縛られて心を病んで……妹だけが俺にすがってた。だから余計に、天城家が眩しく見えたんだよ。温かい食卓、姉弟の笑い声、父親と母親の信頼。俺にはなかったものが、そこには全部あった」
その告白に、輝政は一瞬だけ目を伏せた。
そして静かに言葉を返す。
「だからといって、人の幸せを奪おうとしていい理由にはならない。お前が玲子に銃を向けた時点で、“家族”を裏切ったんだ」
透は深く息を吐いた。
「……俺は、天城家の一員になりたかっただけなんだ。玲子先輩と結婚して、この家族に入りたかった。それが……全部、間違いだった」
その瞳には涙がにじんでいた。
隆明は腕を組み、しばし黙って透を見つめた後、低く言った。
「透。お前は俺の仲間であり、弟の友人だった。その気持ちは今でも消えない。だが――警察官として、兄として、絶対に許すことはできない。お前は裁かれるべきだ」
透は観念したようにうなずいた。
「……わかってるよ。もう逃げる気はない。俺の愚かさの代償は、ちゃんと払う」
輝政はゆっくりと背を向け、出口へ歩き出した。
「お前の妹には伝えておく。お前が最後に語ったことも、すべて……」
透は俯いたまま、小さく呟いた。
「……せめて、妹には“ありがとう”って伝えてくれ。あいつだけが、本当の家族だったから」
その声が、取調室に沈んだ。
――暴かれた執着。
それは「愛」ではなく、孤独を埋めるための渇望だった。
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