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第8話 山荘に潜む影



山あいの細い山道を、複数台の車が静かに進んでいた。

夜霧が立ち込め、松林の隙間から月が鈍く光を落とす。


運転席に座る隆明は、ルームミラー越しに後部座席を確認した。

そこには玲子と優人、そして遼真がいる。玲子は唇を固く結び、優人がそっと手を握っていた。

後続の車には、父・輝政と刑事部長ら精鋭の警官たちが控えている。


「……ここが、柳瀬家が隠していた別荘か」

隆明が車を止めた先には、鬱蒼とした木々に囲まれた古い木造の山荘が姿を現した。窓は暗く、しかし人の気配は濃厚に漂っている。



到着すると同時に、警察庁から派遣された特別捜査員たちが散開し、山荘を静かに包囲した。

遼真は無線を耳に入れながら、息を整える。


――透先輩。どうして、こんなところまで。


隆明が短く命令を飛ばす。

「灯りを落とせ。周囲の出入口を固めろ。突入は俺の合図だ」


玲子が不安げに兄を見た。

「……危険じゃないの?」

「心配するな。俺たちは職務で動いている。それに、家族を守るのは俺たちの責任だ」


優人は玲子の肩を抱き寄せ、小声で囁いた。

「大丈夫。俺もここにいる。必ず守る」


玲子は小さく頷いたが、胸の鼓動は速くなるばかりだった。



やがて、山荘の奥から微かな物音がした。

ガラスが軋むような音。床を歩く重い足音。


隆明は銃を構え、目配せで合図する。

「……来るぞ」


その瞬間、山荘の扉が軋みを立てて開いた。

月明かりの下に姿を現したのは、やつれた顔の柳瀬透だった。

黒いコートを羽織り、その手には――銀色に光る拳銃。


「やはり……来たか」


透は低く笑った。

「天城玲子。やっと会えたな。俺は、お前をずっと待っていたんだ」


玲子の体が硬直する。優人が思わず前に出ようとするが、隆明が制した。


「柳瀬透、銃を捨てろ! 君の行動はすでに犯罪だ。これ以上取り返しのつかないことをするな!」


しかし透は首を振り、銃口を天に掲げて空に向けて撃った。

銃声が山中に木霊し、夜鳥が一斉に飛び立つ。


「俺を止められると思うのか? 玲子は俺のものだ! 優人なんかに渡すくらいなら――!」


玲子の頬が蒼白になる。

だがその時、遼真が一歩踏み出した。


「先輩! 玲子姉さんを“もの”みたいに言うな! そんなの、愛でもなんでもない!」


透の目が遼真に向けられる。

「……遼真。お前だけは分かってくれると思った。俺は、玲子を誰よりも大切にしてきたんだ!」


「違う!」

遼真は強く叫んだ。

「先輩が大切にしてるのは“自分の気持ち”だけだ! 本当に大切なら、玲子姉さんの幸せを願うはずだ!」


透の手が震える。銃口が玲子へ、そして優人へと揺れ動く。

玲子は震える声で、しかし勇気を振り絞った。


「透さん……私はもう、優人と生きると決めました。あなたの気持ちには応えられません」


その言葉に透の表情が凍り付く。

そして狂気の光を帯び、叫んだ。

「ならば――力づくでも!」


その瞬間、隆明が叫んだ。

「突入!」


十数人の捜査員が一斉に雪崩れ込み、透に銃を向ける。

透は引き金に指をかけるが――次の瞬間、背後から小さな声がした。


「お兄ちゃん、やめて!」


妹の由梨が、泣きながら山荘の影から飛び出してきたのだ。

涙で濡れた顔を上げ、兄を必死に見つめる。


「お願いだから……もうやめて! お母さんが泣いてる! お兄ちゃんまで壊れていったら、私たち、どうすればいいの!?」


透の腕が震え、銃口が下がっていく。

その隙を突き、捜査員が素早く彼を取り押さえた。


銃が地面に落ち、夜の静寂が戻る。


玲子は優人に抱き寄せられ、震える体を預けた。

――全てが終わったわけではない。だが、最大の危機は乗り越えたのだ。



父・輝政は由梨に近寄り、優しく肩に手を置いた。

「よく勇気を出してくれたね。君のおかげで、大惨事は防げた」


由梨は涙を流しながら、小さく頷いた。


夜明け前の山荘に、ようやく安堵の息が広がっていった。



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