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第5話 もうひとつの死



 狐火が再び目撃された翌朝、宿は重苦しい空気に覆われていた。

 宿泊客たちは食堂に集まっては噂を囁き合い、従業員たちも顔を曇らせている。


 天城遼真は、食後の茶を手にしながら周囲を観察していた。

 資産家・大場重三を失ったことで、最も取り乱していた秘書の佐川は、その朝もやけに落ち着かない様子だった。

 懐から例の封筒を取り出しては、中を確認し、すぐに隠す。その動作を何度も繰り返していた。


 ――やはり、あれは大場の遺言状か。

 遼真の推測が確信に近づきつつあった、その矢先である。


 昼過ぎ。

 宿の裏山から、悲鳴に似た声が響き渡った。


 「人が……! 落ちてる!」


 慌てて駆けつけた宿泊客と従業員の目に映ったのは、岩肌に横たわる佐川の変わり果てた姿だった。

 額には深い傷、手には紙片が握られ、血に濡れた土に沈んでいた。


 警察が到着し、検視が始まる。

 「足を滑らせて転落死……に見えるが」

 現場を見渡す刑事が言葉を濁す。


 だが遼真は、落ち葉に覆われた足跡の不自然さに気づいた。

 「――これは、自分の足で滑った跡ではない。誰かに突き落とされた痕跡だ」


 さらに、佐川の手からこぼれ落ちた紙片には、掠れた文字が残されていた。


 ――『遺……』


 その一文字が、すべてを物語っていた。

 彼が握り締めていたのは、大場重三の遺言状の一部だったのだ。


 「まさか……遺産を巡る争いが」

 中年夫婦が顔を見合わせる。

 若者たちは蒼白な顔で「呪いや……狐火の祟りや」と囁いた。


 宿の者たちは混乱の渦に巻き込まれ、若女将は泣き崩れそうになりながらも客の前で必死に取り繕っていた。

 一方で、義兄・橋爪達郎の表情には動揺の色が見えず、むしろ冷静すぎるほどだった。


 ――狐火の夜に続く、二つ目の死。

 これは偶然ではない。


 遼真の胸中で、確信が静かに、だが確実に燃え上がっていった。



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