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第4話 消えた先輩の影



狙撃事件から一夜が明け、会場を警備していた横浜県警は徹底的な聞き込みと現場検証を行った。しかし、犯人の影は煙のように消え、銃弾も見つからない。


「狙撃者は、かなり訓練を積んでいる」

刑事部長・横溝が低く唸った。

「素人の撃ち方じゃない……風向きも距離も正確に計算している。狙いは間違いなく玲子さんだった」


玲子は無言で報告を聞いていた。優人がそばに寄り添うが、彼女は一歩も引かない。むしろ、獲物を追う獣のような鋭い目で現場の資料に目を通していた。


そんな中、隆明が遼真に問いかける。

「……柳瀬透のことを、もっと詳しく話せ」


遼真は覚悟を決めて口を開いた。

「柳瀬先輩は頭が良くて、人当たりもよくて……でも、ときどき冷たい視線をする人でした。玲子姉さんのことを“理想の女性だ”とよく口にしていましたが、それは admiration(憧れ)じゃなく obsession(執着)だった気がします」


隆明は黙って頷き、輝政に視線を送った。

父・輝政は腕を組んだまま低く呟く。

「柳瀬透……調べがついたぞ。あいつは――警察庁生活安全局長・柳瀬郷司の一人息子だ」


場が凍りついた。


「生活安全局長の……息子?」

玲子が思わず繰り返す。


優人も顔をしかめた。

「警察庁の要職の息子が、なぜ玲子を……?」


輝政はゆっくりと頷く。

「郷司は昇進を繰り返し、現在は次期警察庁次長とも目される人物だ。だがその息子は五年前、大学卒業と同時に行方不明になった。捜索願も出されなかった。不自然すぎる失踪だ」


遼真は声を震わせる。

「つまり……彼は“警察庁の影”に守られ、表から消された……?」


隆明が厳しい声で続ける。

「そうだ。もし彼が生きていて、今回の狙撃を行ったのなら、背後には“庁内の闇”がある可能性も否定できない」


玲子は強く拳を握った。

「警察庁の生活安全局……つまり、国民の“安全”を守るはずの部署。そのトップの息子が犯罪に手を染めているとしたら……許せないわ」


その言葉には、警察官として、そして一人の人間としての強い意志が宿っていた。


優人が玲子の手を握る。

「玲子……お前を守るのは俺だ。だが、お前が真実を暴きたいと言うなら、俺も共に戦う」


遼真は二人を見つめながら、小さく決意を口にする。

「……柳瀬先輩が本当に犯人なら、僕が証明します。あの人が抱いていた執着を、僕は間近で見ていたから」


そのとき、警察庁から急報が入った。

「生活安全局長・柳瀬郷司が、辞表を提出した」


一同に衝撃が走る。


――なぜ、このタイミングで?


まるで息子の罪を隠すための“幕引き”のように。


玲子は静かに、しかし鋭く呟いた。

「……これは単なる恋の執着じゃない。もっと大きな、庁内の闇が絡んでいる」


横浜の朝はまだ冷たい。

しかし、その闇の底から狙撃犯の影が、じわりと彼女たちに迫っていた。



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