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第1話 横浜港の夕暮れ


横浜港に面したシンポジウム会場のホテルには、海風と潮の香りが漂っていた。天城家は父・輝政、母・美佐子、長女の玲子、長男の隆明、次男の遼真、そして末娘の真理亜と、家政婦の初枝まで揃って姿を見せていた。だが今回は、いつもの天城家の集まりとは少し様子が違っていた。玲子の婚約者・佐伯優人が、家族を紹介するため、自らの親族を伴っていたのである。


佐伯家は、まさに「法律一家」と呼ぶにふさわしい家柄だった。父の佐伯郷司は現職の検事、母の里帆は弁護士。さらに兄は検事、姉も弁護士として活躍し、妹はまだ学生ながら法学部を目指している才媛だという。優人自身が弁護士見習いとして修練を積んでいるのも、決して偶然ではなかった。


天城家と佐伯家――二つの家族が対面することは、単なる婚約の顔合わせに留まらず、どこか歴史的な重みを帯びていた。


最初の挨拶が終わり、和やかな雰囲気で会話が進む中、不意に里帆が輝政を見つめ、息を呑んだ。


「……もしかして、あなた……天城輝政さん?」


輝政も驚いたように目を細め、静かに頷いた。


「そういう君は……如月里帆、か?」


一瞬の沈黙。やがて場の空気が張り詰める。里帆の旧姓は如月。その名を聞いた瞬間、輝政は自らの記憶を掘り起こしていた。かつて両親が離婚し、兄妹が離れ離れに暮らすことになった過去。長男であった輝政と、末の三女だった里帆は、それ以来一度も顔を合わせることがなかったのだ。


「……兄さん……?」


里帆が震える声で問いかけると、輝政は静かに答えた。


「そうだ。私はお前の兄だ。……まさか、こんなところで再会するとはな」


場にいた全員が息をのんだ。佐伯家の面々も、天城家の人々も、この驚くべき事実に言葉を失った。玲子と優人は、ただ目を見交わすしかなかった。


「つまり……玲子さんと優人くんは、親戚同士ということに?」


隆明が確認すると、輝政は頷いた。

「そうなるな。だが血の繋がりを知った今でも、私は二人の想いを止めるつもりはない。家族同士だからこそ、互いを支え合えるのではないか」


その言葉に、里帆は涙をにじませた。長年失われていた兄妹の縁が、思わぬ形で再び結ばれたのだ。


一方、その場にいた真理亜は、優人の妹と偶然にも同じ高校に通っていることを知り、驚きの声を上げた。


「えっ……あなた、佐伯優衣さんでしょ? 吹奏楽部のフルートの……!」

「先輩!? 本当に真理亜先輩なんですか?」


思わぬ再会に二人は声を弾ませた。真理亜が部長として活躍する吹奏楽部で、優衣は後輩として日々練習に励んでいたのだ。二人はすぐに打ち解け、笑顔で部の話に花を咲かせる。


「じゃあ、私たち……部活でも家族でも繋がってたんだね」

「はい! なんだか不思議ですけど、すごく嬉しいです!」


妹同士の明るいやりとりが、重々しい空気を少し和らげた。


その傍らで、輝政と里帆は改めて向き合っていた。

「……里帆。君が立派に家庭を築いているのを知って安心したよ」

「兄さんこそ……。警視総監にまでなって……母も、きっと天国で誇らしく思ってるはず」


二人の間に流れる静かな時間は、長い年月を経てようやく取り戻された兄妹の絆を象徴していた。


だが、この温かな再会の背後で、すでに次なる事件の影が忍び寄っていることを、まだ誰も知らなかった――。



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