第九話「女たちの夜話」
優人と別れてから数週間。
手紙のやりとりは続き、玲子は少しずつ気持ちを落ち着けてはいたが、夜になるとどうしても胸が締めつけられた。彼の声が聞きたい、隣にいてほしい――そんな想いが募り、枕に顔を埋めては涙を堪える日々だった。
そんなある晩。
食後の食卓に、母・美佐子と妹・真理亜、そして家政婦の初枝が揃って座った。父と兄が仕事で遅くなる日を狙ったように、女たちの静かな語らいが始まった。
⸻
母・美佐子の言葉
「玲子」
母の美佐子は、湯気の立つ茶碗を置き、穏やかに娘を見つめた。
「あなたの気持ちは、痛いほどわかるわ。お父様がどれほど厳しくてもね、母さんも昔は恋をした女よ。会えない夜に、手紙を抱いて眠ったこともあった」
その声には懐かしさが滲んでいた。
「遠距離は、心を強くするわ。簡単に会えないからこそ、相手を思いやる気持ちや、言葉の重みを学べる。玲子、あなたは今、その道を歩いているの」
玲子は母の言葉に目を潤ませ、小さく頷いた。
「……母さんも、寂しい思いをしたの?」
「ええ。でも、その寂しさがあったからこそ、家族を大事に思えるようになったの。だからこそ玲子、あなたも胸を張りなさい」
⸻
妹・真理亜の言葉
「お姉ちゃん」
隣で黙って聞いていた真理亜が、不意に口を開いた。まだ高校生の彼女は、幼さを残した瞳で姉を見つめる。
「わたしね、羨ましいんだ。お姉ちゃんみたいに真剣に人を好きになれるってこと。……だって、私はまだ恋って何かよくわからないから」
少し照れたように笑いながら続けた。
「でもさ、優人さんのこと話してるお姉ちゃん、すっごく幸せそうなんだよ。だから、わたしは応援する。寂しくなったら、わたしに全部言っていいから。だって、わたしたち姉妹じゃん」
玲子は思わず妹を抱きしめた。真理亜の小さな体から伝わる温もりが、胸の奥の孤独を溶かしていく。
⸻
家政婦・初枝の言葉
「お嬢様方」
静かに茶を差し出したのは、長年天城家を支えてきた家政婦・初枝だった。白髪の混じる髪をきちんと結い上げ、落ち着いた声音で言葉を紡ぐ。
「私は、この家で何十年もご家族を見守ってまいりました。……玲子お嬢様が、これほど真剣に誰かを想うのを拝見したのは初めてです」
初枝は、優しいが力強い眼差しを向けた。
「寂しさは、誰にでもあります。けれども、その寂しさに潰されず、乗り越えた先にこそ、真の絆が待っているのです。どうか自信を失わずに。お嬢様は決して一人ではありません。ご家族も、私もおります」
玲子の瞳から、とうとう涙が零れた。
母の温もり、妹の無邪気な支え、そして初枝の揺るぎない励まし。
そのすべてが、胸の奥で光となり、暗闇を照らしていく。
⸻
その夜、布団に入った玲子は、涙の跡を残しながらも微笑んでいた。
――私は、一人じゃない。
遠くにいる優人と繋がるだけでなく、この家には共に歩んでくれる人々がいる。
その事実が、どれほど心強いか。
翌朝、玲子は新しい便箋を取り出した。
『優人さん。昨日は母や真理亜、それに初枝さんと話しました。私は一人じゃない。だから、あなたの隣に立てるように強くなります。どうか、信じていてください』
手紙を書き終えた手は、もう震えていなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




