第一話「校門の邂逅」
鎌倉の古刹にほど近い進学校。まだ春の匂いを残した四月の朝、桜の花びらが風に舞い、真新しい制服に包まれた生徒たちが次々と校門をくぐっていく。
その門の前に立ち、背筋をぴんと伸ばしていた少女がいた。
――天城玲子。
父は警視総監、兄も警察庁の幹部という名門の家に生まれ、自身も才色兼備。学年でも一目置かれる存在だった。
「お姉ちゃん、ちょっと緊張してる?」
隣で覗き込むのは、まだ小学生だった弟・遼真だ。母に頼まれて“入学初日のお供”として一緒に来ているのだ。
「緊張なんてしてないわよ。ただ、これから三年間、この校舎で過ごすんだと思うと……少しだけ、ね」
「ふーん。じゃあ、友達できるといいな」
「……余計なお世話よ、遼真」
玲子が呆れたように言ったその時、校門をくぐろうとする一人の男子生徒が目に入った。
爽やかな黒髪を風に揺らし、少し大きめの鞄を肩にかけたその少年は、入学式用のスーツを着込んだ父親と、母親らしき女性に見送られていた。
どこか緊張した笑みを浮かべながら校舎へ向かう――
「……あの人」
玲子は、思わず足を止めた。
少年もまた、偶然こちらを振り返る。
目が合った瞬間、玲子は胸の奥が一瞬だけ熱くなるのを感じた。
「え? 知り合い?」
横から遼真が首を傾げる。
「……いえ、初めて見る顔。でも……」
玲子は言葉を飲み込んだ。
少年は軽く会釈し、そのまま校舎の方へと歩いていく。
「行こう、遅れるわ」
玲子は弟の手を引いて校門をくぐった。
⸻
放課後
入学式を終え、校舎を出た玲子は、昇降口で再びその少年と鉢合わせた。
「さっき校門の前で……妹さんですか?」
爽やかな声が玲子に向けられる。
「え? あ……いえ、あれは弟です」
「へえ。そっくりだから妹さんかと」
少年は少し照れくさそうに笑った。
「僕は佐伯優人。よろしく」
「……天城玲子です」
玲子はわずかに背筋を伸ばし、応える。
遼真は二人を交互に見て、にやにやしていた。
「ねえお姉ちゃん、その人かっこいいね。もしかして――」
「遼真!」
玲子が弟を睨みつける。頬が熱くなり、どうしても視線を逸らせなかった。
その瞬間、玲子自身も気付いてしまった。
――今、私は初めて“恋に落ちた”のかもしれない。
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