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第10話 飛騨の朝


 夜が明け始め、東の空が淡く染まり始めた頃。

 取調室での推理を終えた遼真は、父や兄、姉の視線を真正面から受け止めていた。


 その直後、現場に急行していた鑑識班から一報が届いた。

 「古井戸付近で見つかった足跡、宗一氏の雪駄と完全に一致しました!」


 署内がざわめく。

 隆明は小さく頷き、輝政は重々しい声で告げた。

 「――連行せよ。桐生宗一を殺人未遂及び偽装工作の容疑で」


 警官たちが慌ただしく動き出す。



 宗一は観念したように崩れ落ちた。

 「俺は……あの娘が憎かったわけじゃない。ただ……ただ遺産が、すべて兄の家系に持っていかれるのが許せなかった……!」


 呻くような声に、誰も返す言葉はなかった。


 ほどなくして、古井戸のそばで意識を失っていた花嫁は救出され、医師の診断を受けることに。命に別状はないと聞いた瞬間、署内にいた全員が安堵の息を吐いた。



 翌朝。

 飛騨の町は、夜の騒動をなかったかのように澄んだ空気に包まれていた。


 警察署の玄関前。

 母・美佐子と妹・真理亜、家政婦の初枝が駆け寄り、遼真の腕を取る。


 「遼真……本当に、無事でよかった……!」

 母の頬には涙が伝い、妹は兄にすがりついた。

 家政婦の初枝は目を潤ませながらも「坊ちゃまなら大丈夫だと信じておりました」と静かに告げる。


 その光景を見つめながら、輝政は厳格な表情を和らげた。

 「――よくやったな。だが、お前が危険に身を投じたことに変わりはない」


 遼真は苦笑する。

 「父さんの言う通りだ。でも、真実を明らかにできてよかった」


 隆明は無言で弟の肩を叩き、玲子はわざと背を向けながらも、耳まで赤くしていた。



 やがて優人が近寄り、爽やかに笑う。

 「君があれほど冷静に真実を導けるとは思わなかった。……さすが、天城家の次男だ」


 玲子は慌てて横を向いたが、その頬の朱は隠しきれない。

 母と妹は二人の様子を見て小さく微笑み合う。



 飛騨の朝日が山並みを照らし始めた。

 遼真はその光の中で静かに息をつき、心に誓う。


 ――また次の土地で、きっと誰かの真実を照らすことになるだろう。


 こうして「古井戸の花嫁行列事件」は幕を閉じた。

 だが、天城遼真の旅と推理は、まだ始まったばかりだった。



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