第3話 疑念の始まり
朝餉の膳が下げられた後も、宿の空気は重く沈んでいた。
浴場で亡くなった大場重三の遺体は、駆けつけた地元警察によって運び出された。
検分の結果は「心臓発作による事故死の可能性が高い」という暫定的な判断。
だが、天城遼真の目には、どうしてもそれが“自然死”には思えなかった。
――湯面に浮かんだ泡は、肺に水が流れ込んだ痕跡。心臓発作で即死したのなら、あの形にはならない。
――浴場の窓は少しだけ開いていた。冷たい外気が入り込み、硫黄臭がやけに薄かったのも気になる。
小さな違和感が、次々と脳裏に浮かぶ。
遼真は帳場の火鉢のそばに腰を下ろし、宿の人々と宿泊客の様子を観察した。
若女将・稲葉美智子は、蒼白な顔を隠すように黙々と働いていた。
彼女の義兄・橋爪達郎は、警察への対応を一手に引き受けると、遼真の視線を鋭く避けた。
一方で、被害者の秘書・佐川は、主の突然の死に混乱しており、何度も懐から何かを確かめるように取り出しては仕舞っている。
――あれは封筒か。遺言状……?
遼真が目を細めた時、背後から声を掛けられた。
「記者さん、やっぱりこういうの、取材したりするんやろ?」
話しかけてきたのは、商売人風の中年夫婦の男である。
「いや、私はただ、伝承を調べに来ただけで」
「せやけど、狐火が出た夜に死人や。これでまた噂が広まるわなぁ」
男の目は、恐怖よりも好奇心に濁っていた。
妻の方は落ち着かず、何度も窓の外を見ては肩を震わせている。
遼真はさらに、昨夜騒ぎ立てていた学生たちの一人に声をかけた。
「昨夜、狐火を見たと言っていたね。どこで、どのくらいの時間?」
「え? あ、えっと……裏山の道んとこっす。青白い光がふわーっと。十秒ぐらいかな」
「全員で見たのか?」
「いや、俺ともう一人だけ。……あれ、でも時間、そんな短かったかな」
証言はあやふやで、二人の言葉は微妙に食い違っていた。
狐火が本当にあったのか、それとも誰かが仕掛けた幻だったのか。
そして――。
大場重三の死と、この“怪異”は、果たして無関係なのか。
帳場の隅、沈痛な面持ちの若女将を見ながら、遼真は胸の奥で確信していた。
――この宿には、まだ明かされていない秘密がある。
そして、それを暴こうとする者に対し、鋭い視線を投げている人間もまた。
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