第3話 容疑者、天城遼真
警察署の一室。
古びた机の上に、遼真の鞄と拾った花嫁の髪飾りが置かれていた。
「なぜ現場でこれを持っていた?」
刑事の低い声に、遼真は淡々と答える。
「落ちていたから拾った。ただそれだけです」
「だが目撃証言では、あんたが花嫁を連れ去ったと――」
「証言は錯綜しているはずだ」
やり取りが続く中、署のロビーでは別の光景が広がっていた。
母・美佐子、妹・真理亜、家政婦・初枝の三人が並んで椅子に座っていた。緊張で手を握り締める真理亜が、母に震える声で言う。
「お兄ちゃん、どうなるの……?」
「大丈夫。遼真は何もしていない。絶対に」
美佐子が必死に言い聞かせる。
その時。
重々しい声が署内に響いた。
「……私の息子は、どこにいる?」
振り返った署長が絶句した。
「け、警視総監……!」
署内が一瞬で凍りつき、署員たちは慌てて敬礼をした。
入ってきたのは、遼真の父・天城輝政。厳格な眼差しで署長を射抜く。
「事情聴取をしていると聞いた。今すぐ案内していただこう」
「は、はいっ!」
美佐子は夫の袖を掴み、涙ながらに訴えた。
「あなた……! 遼真は犯人じゃないの、信じてあげて」
だが輝政は苦悩の色を浮かべつつも、短く答える。
「私は警察官だ。だが……父でもある。真実を見極めねばならん」
そこへ慌ただしく駆け込んできたのは、スーツ姿の女性。
「母さん! 真理亜!」
遼真の姉、天城玲子だった。地方警察本部長を務める彼女は、妹からの電話で一報を聞きつけ、急ぎ駆けつけてきたのだ。
署員たちは再び驚愕の面持ちで直立し、敬礼する。
「警察本部長……!」
玲子は険しい表情で署長を睨みつけた。
「私の弟を事情聴取していると聞きました。正当な手続きを踏んでいるでしょうね?」
署長は額に汗を浮かべ、狼狽していた。
さらに数分後。
低い足音と共に、また一人の男が姿を現した。
「遅れてすまない」
それは遼真の長兄、天城隆明。警察庁刑事局長(警視監)の重職にある男である。
署員たちは三度目の衝撃に包まれた。
「け、警察庁の……局長!?」
「なぜこんな地方署に……」
隆明は一切表情を崩さず、ただ冷たい声で言った。
「弟が疑われていると聞いた。証拠を確認させてもらおう」
地元署員は一同、畏怖と混乱に呑まれていた。たった数十分の間に、国の警察機構の中枢にいる父・兄・姉が三人も現れたのだ。
母・美佐子と妹・真理亜、初枝の三人は必死に口を揃えた。
「遼真は犯人じゃありません! どうか信じてください!」
だが隆明は淡々と答える。
「家族の言葉は情に流されやすい。証言としては弱い。だが――俺は警察官として、そして兄として、事実を見極める」
玲子も同じく、厳しい声で続けた。
「家族だからこそ、真実を誤魔化すわけにはいかないの」
美佐子の胸に、深い苦悩が広がった。
――家族は、皆警察官。
だからこそ、息子を庇う声が“最も無力”に聞こえてしまう。
それでも彼女は、揺るぎない声で言った。
「遼真は……絶対に人を傷つけたりしない子です」
その母の言葉に、真理亜と初枝も強く頷いた。
父と兄と姉は、一瞬だけ目を伏せた。
――家族の訴えを信じたい。だが、警察官としては証拠を見なければならない。
地元署の空気は張り詰め、嵐の前のような静けさが広がっていた。
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