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第1話 祭囃子の街


 春の飛騨高山は、澄んだ空気と山々の緑に包まれていた。

 古い町並みの軒先には色鮮やかなのぼりが立ち並び、屋台の上では祭囃子が鳴り響いている。人々の顔は晴れやかで、観光客と地元の人々とが入り混じり、祭りは一年で最も華やかな賑わいを見せていた。


 天城遼真は、母・美佐子と妹・真理亜、そして家政婦の初枝とともに町を歩いていた。

 「わぁ、すごい人出ね!」

 真理亜が目を輝かせ、祭り囃子の響く方へ駆けていく。

 母・美佐子は笑顔で娘を追いながらも、「はしゃぎすぎないでね」と声をかける。

 初枝はそんな二人を微笑ましく見守り、荷物を持ちながら一歩後ろを歩いていた。


 家族で旅行に出るのは久しぶりだった。

 遼真は普段、取材で各地を飛び回っているため、母と妹とゆっくり過ごす時間はなかなか取れない。だからこそ、この旅行は貴重なひとときだった。


 「……なんだか不思議な感じだな」

 遼真は人混みを見渡しながら、ふと胸の奥にざわつきを覚えた。

 ――この賑わいの中で、何かが起こるのではないか。

 旅先で事件に遭遇するのは、もはや彼の日常のようになっていた。


 その時、沿道にざわめきが広がった。

 「花嫁行列だ!」


 人々の声に誘われ、遼真たちは道端へと寄った。

 華やかな打掛を纏った花嫁が、白無垢姿で人々の前を進んでいく。雅な囃子に合わせ、町全体が祝福に包まれたように見えた。


 「きれい……!」

 真理亜が感嘆の声を上げ、美佐子も「まるで平安絵巻のようね」と微笑む。


 だが遼真は、花嫁の表情にどこか影を感じ取った。

 笑みを浮かべてはいるが、その瞳は怯えを帯びている。

 さらに、彼女を取り巻く親族や世話役たちの表情も硬く、祝宴に似つかわしくない緊張感が漂っていた。


 「兄さん?」

 真理亜が不思議そうに遼真を見上げる。

 遼真は笑みを返したが、心中ではすでに警鐘が鳴り響いていた。


 ――この祭囃子の華やかさの裏に、きっと何かが潜んでいる。


 そして数時間後。

 この“花嫁行列”が惨劇の幕開けとなることを、まだ誰も知らなかった。



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