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第2話 狐火の夜


 夜の帳が山あいを覆うと、宿の灯籠がひとつ、またひとつと点されていった。

 湯気を含んだ硫黄の匂いが漂い、虫の声すら凍りつくような静けさが辺りを支配している。


 天城遼真は、夕餉の席で顔を合わせた宿泊客たちの表情を思い返していた。

 資産家然とした老人――名は大場重三。京都一帯に土地を持つ人物で、宿にも古くからの縁があるという。

 彼に付き従うのは、無口で陰のある秘書・佐川。

 中年夫婦は商売人風で、ことあるごとに「この宿も随分と古びた」と口にする。

 学生風の若者たちは賑やかで、半ば肝試し気分で“狐火”の噂に浮き立っていた。


 そして――。

 若女将の義兄、橋爪達郎は、どこか遼真を値踏みするように見ていた。あの視線には、ただの好奇心以上の何かが潜んでいる。


 ――人は、秘密を隠すとき、他者の目を殊更に警戒する。


 そう心の内で呟きながら、遼真は帳場横の火鉢で一服した。


 その夜。

 外の闇に、ふたたび青白い炎が揺らめいた。


 「見てみい! 出よったぞ、狐火や!」

 騒ぎ出したのは、若者たちだ。窓辺から覗き込む声に、他の客も顔を寄せる。

 宿の裏手に続く山道。そこに浮かぶ光は、確かに炎のように揺れながら、一定の高さで漂っていた。


 「ありゃ、ただの磷火やろ」

 中年夫婦の男は鼻で笑うが、その額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 若女将は怯えたように顔を伏せ、義兄の達郎は無言のまま腕を組んでいる。


 ――自然現象か、それとも人為的な幻か。

 遼真は目を細め、光の動きを追った。

 狐火は風に流されるように山の斜面を横切り、やがて暗闇に吸い込まれるように消えた。


 その翌朝――。


 「きゃあっ!」


 浴場から悲鳴が上がったのは、まだ朝餉前の時間だった。

 駆けつけた宿の者たちと宿泊客が目にしたのは、湯船にうつ伏せに沈む大場重三の姿だった。

 秘書の佐川が蒼白な顔で叫ぶ。

 「……社長! どうして……!」


 駆け込んだ警察官が到着するまでの短い間、宿は大混乱に陥った。

 「心臓発作か何かやろ」

 「いや、足を滑らせたんやないか」

 口々に飛び交う憶測の中、遼真はただ一人、湯面に浮かぶ泡の形と、浴場の窓の位置を冷静に見つめていた。


 ――これは、ただの事故ではない。


 狐火の怪異と、資産家の死。

 山あいの宿を覆う、不吉な影は一層濃くなっていくのだった。



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