第8話 古井戸に眠る影
冬の曙光が山裾を照らし始めた頃、寺の大広間には再び関係者たちが集められていた。
前夜、“幻の武士”の仕掛けが暴かれ、川村喜兵衛の顔は青ざめたままだった。
「……わしがやった。祟りやと信じ込ませれば、誰も井戸を暴こうとはせんと思ったんじゃ」
老人の声は掠れ、涙に濡れていた。
天城遼真は静かに言葉を重ねた。
「あなたが幻を仕掛け、亡霊を演出したのは事実でしょう。しかし、藤堂氏や早乙女氏を殺めたのは“祟り”ではなく、あなたの手です」
川村は膝を抱え、震えながら吐き出した。
「……藤堂の先祖がやったことは、この土地の人間にとって恥やった。償うことなく代々のうのうと暮らし続ける藤堂家を、わしは許せんかった。
早乙女も、井戸を掘り返そうとして……すべてを明るみに出す気やった。だから……!」
室内に重苦しい沈黙が落ちた。
住職・雲水が深い溜息をつき、目を閉じた。
「……あなたの気持ちは理解できなくはない。だが、それでも人の命を奪ったことは決して許されぬ」
警察が川村を連れ出すとき、老人は何度も井戸の方を振り返った。
その目には、悔恨と恐怖とが入り混じっていた。
事件は収束した。
だが、井戸に眠っていた古文書が示した史実――藤堂家の不正と寺の沈黙――は、今後新たな禍根を生むかもしれなかった。
境内の石畳を歩きながら、遼真は胸中で呟いた。
――怨霊の祟りではない。
――人の心に潜む影こそが、最も恐ろしい亡霊だ。
井戸の蓋は再び固く閉ざされ、鎖がかけられた。
その闇の奥に眠るのは、武士の怨霊ではなく、長い年月に隠されてきた人の欲望と罪であった。
遼真は深く息を吸い込み、澄んだ冬の空を仰いだ。
新たな取材依頼が、すでに彼の鞄の中に待っている。
次の行き先は――飛騨高山。
祭囃子が響く山里で、また新たな謎が彼を待ち受けていた。
その前に真相解明の場とエピローグを遼真が皆の前で話すのである。
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