第7話 幻の武士
その夜も境内には僧侶たちが見張りに立ち、井戸を囲んでいた。
だが人々の胸中にはなお「亡霊への恐怖」が渦巻いていた。
天城遼真は、灯明の薄明かりの下で、井戸をじっと見つめていた。
――もし本当に武士の亡霊が姿を現すのなら、合理的な説明がつくはずだ。
やがて、井戸の脇に再び青白い光が揺らめいた。
人々が息を呑む中、遼真は一歩踏み出した。
「……見えましたか。あれが“武士の影”の正体です」
光源の背後には、薄い絹布が木の枝に吊るされていた。
その布に灯りを投影することで、鎧武者の影が井戸の傍らに浮かび上がっていたのだ。
角度を変えて見れば、光はまるで立体の人影のように見える。
「これは幻灯の一種です。夜霧と湿気を利用して、浮かび上がらせたのでしょう」
ざわめきが起きる。
川村喜兵衛の顔が蒼白になった。
「そ、そんな馬鹿な……わしは亡霊を見たんじゃ……!」
「亡霊ではありません。あなたが“見せられた”のです」
遼真は川村を鋭く見据えた。
「あなたは誰よりも祟りを口にし、人々の恐怖を煽った。そして藤堂氏が倒れた夜も、あなただけが“武士を見た”と証言した。……偶然とは思えません」
人々の視線が一斉に川村に集まった。
「待て……わしは、ただ……!」
川村の声は震え、しどろもどろに言葉を重ねた。
遼真はゆっくりと畳みかける。
「幻を仕掛け、祟りを演出し、藤堂氏と早乙女氏を排除した。その理由はただ一つ――“古文書を世に出させないため”。」
場が静まり返る。
和尚が低く呟いた。
「……やはりそうでしたか、川村殿」
老人の膝が崩れ落ちた。
「わしは……藤堂家の恥を守るために……。この土地で生きてきた者として……」
声は震え、涙に濡れていた。
だが遼真は首を横に振る。
「真実は隠すほど、深い闇となって人を蝕みます。祟りではなく、人の欲望こそが恐ろしいのです」
井戸の底から吹き上げる冷たい風が、幻影の布を揺らし、やがて地に落とした。
そこに“亡霊”の姿は、もうなかった。
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