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第3話 武士の亡霊


 寺の本堂。

 線香の煙が立ちのぼる中、古老・川村喜兵衛は畳に正座し、かすれた声で語り始めた。


 「わしが子供のころから、この井戸には“武士の亡霊”が住んどると聞かされてきた。――いや、もっと古い話や。鎌倉幕府がまだ続いていた時代のことじゃ」


 居合わせた人々の耳が自然と川村に傾いた。

 「戦に敗れた武士が捕えられ、この寺の境内で斬首された。首は晒されるはずじゃったが、恥を恐れた家人が密かにこの井戸へと投げ入れた。以来、夜ごとに呻き声が聞こえ、姿なき武者が彷徨うようになった……と」


 話を聞きながら、天城遼真は静かに目を閉じた。

 ――井戸に投げ入れられた“首”。

 亡霊伝説は、権力争いに敗れた者たちの怨嗟の象徴にほかならない。


 やがて川村は声を震わせて付け加えた。

 「昨夜、井戸の傍で武士の影を見たのは本当じゃ。鎧をまとい、血に濡れた顔で……。それが藤堂殿を突き落としたんじゃ」


 場に沈黙が落ちた。

 だが、早乙女隼人は鼻で笑った。

 「そんな迷信に怯えるから、真実を見誤るんです。井戸の底にはおそらく、戦国期の副葬品や骨が残っている。私はそれを掘り出して、歴史を証明したいだけだ」


 「ですが、藤堂様は発掘を認めておられなかった」

 住職・雲水が口を挟む。

 「ええ。土地の所有者として“井戸は封じられるべきだ”と強く主張していました。藤堂家にとっても、あの井戸は不名誉の象徴なのかもしれません」


 遼真は、昨夜藤堂が握っていた紙片を思い出した。

 ――『井戸の中……真実は……』


 藤堂は何かを知り、井戸の底にそれが眠っていると示そうとしたのではないか。


 その時、本堂の外から僧の悲鳴が響いた。

 駆けつけた人々が目にしたのは――井戸の蓋が半ば外れ、闇の底から白い布切れのようなものが覗いている光景だった。


 川村が震える声で叫ぶ。

 「……出た! 武士の亡霊が井戸から這い出してきおった!」


 だが遼真の目は冷静だった。

 ――これは亡霊ではない。誰かが仕掛けた“人為的な演出”だ。


 冷たい風に揺れる布切れを凝視しながら、彼の胸に確信が芽生え始めていた。



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