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第1話 古都の空気


 冬の海風が吹き抜ける江ノ電のホームに、天城遼真は降り立った。

 潮の匂いを含んだ冷たい空気が頬を打ち、背後には歴史を刻んだ寺社の甍が連なっている。


 出版社からの新しい依頼はこうだった。

 ――「鎌倉某寺に伝わる“武士の亡霊と古井戸”の言い伝えを取材せよ」。


 鎌倉といえば、源氏の都として栄えた地。その歴史は血塗られた武士たちの興亡と共にある。

 伝承に登場する古井戸は、かつて戦で敗れた武士が自らの首を投げ入れたという曰く付きのもの。

 夜な夜な井戸の中から呻き声が聞こえると囁かれ、近年も不審な出来事が起きているらしい。


 遼真はタクシーで山裾の寺へと向かった。

 境内は冬枯れの木々に囲まれ、苔むした石段が静寂の中に伸びている。

 出迎えたのは住職の雲水うんすい和尚。温和な笑顔の裏に、どこか翳を帯びていた。


 「よくお越しくださいました、天城様。……ええ、確かに近頃は妙なことが多いのです」

 和尚は言葉を濁しつつも、参道の奥へと案内する。


 そこには深々と口を開けた古井戸があった。

 石積みは苔むし、覆いの木蓋はひび割れている。

 覗き込むと、底知れぬ闇が広がり、冬の日差しすら届かない。


 「数日前も、井戸の傍らで人影を見たと、檀家の方が……」

 和尚の声は低く震えていた。


 その夜。

 遼真が宿坊の一室で筆を走らせていると、廊下を駆ける足音と、外のざわめきが耳に届いた。

 「人が……井戸に!」


 急ぎ庭に出た遼真の目に飛び込んできたのは、井戸の前に人々が集まり、その中に倒れ込む一人の男の姿だった。

 顔は蒼白で、唇から血を滲ませている。

 地元の名士、藤堂修一――この寺の有力檀家であり、古井戸の土地の所有者でもあった。


 呻き声と共に、男の手から紙片がこぼれ落ちた。

 それは血で汚れながらも、かすかに読める文字を残していた。


 ――『井戸の中……真実は……』


 闇の底に口を開ける古井戸が、不気味に遼真を見返していた。



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