第10話 稲荷の湯に朝が来る
山間に夜明けが訪れた。
霜をまとった木々の枝が朝陽に照らされ、紅葉の残り葉を黄金に染めていく。
宿の庭先には警察車両が並び、橋爪達郎は両手を後ろ手に縛られたまま車に乗せられていった。
「宿を守るためだと……? 笑わせる」
刑事が吐き捨てるように言った。
達郎はなおも悔しげに口を動かしたが、その言葉は朝の冷気にかき消された。
帳場に戻った遼真を待っていたのは、蒼白な顔の若女将・美智子だった。
「……兄が、そんなことをしていたなんて」
声は震え、瞳には涙が溢れていた。
遼真は静かに首を振る。
「あなたのせいではありません。狐火は祟りではなく、人の心が生んだ偽りの炎でした。
でも、それに怯え、惑わされる人間がいたからこそ、利用する者が現れた」
美智子は嗚咽をこらえ、やがて深く頭を下げた。
「宿を……必ず守ってみせます。兄の罪に負けることなく」
廊下には、古老・源蔵が立っていた。
「狐火の祟りやない。人の欲が呼んだ炎やった。……やっと、この宿も本当の意味で清められたんやな」
そう呟くと、老いた目に光を滲ませた。
やがて宿泊客たちはそれぞれの荷をまとめ、静かに宿を後にした。
恐怖と混乱は残ったものの、夜ごとの狐火に怯える必要はもはやない。
天城遼真は、京都駅行きのバスに揺られながら、胸の奥に去来する思いを言葉にした。
――狐火は消えた。だが、人の心に燃える欲望の炎は、どこにでも潜んでいる。
それを暴くのが、自分の役目なのかもしれない。
バスの窓外、山々を包む朝霧の向こうで、陽光がまぶしく差し込んでいた。
新たな取材の依頼書が、彼の鞄の中で静かに揺れている。
次の行き先は――鎌倉。
古の武士の亡霊が眠る街で、また新たな謎が彼を待っていた。
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