表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

ヒミコの国造り・6 


 野口が収容されているここは、精管結紮術に関連した特別更生施設と呼ばれる。


 食事や作業の時間などは厳しく決まっているが、服装は特別派手でなければ家から持ち込んだものを着用していいし、午後からはそれぞれに当てられたスケジュールで講座や治療、カウンセリングなどをこなす。


 結紮逃れをしていた者や不注意で妊娠させた者、コンドーム不使用で性病などを伝染してしまった者などは主に人体や性病に関する講座を。


 性犯罪を犯し、一般刑務所からこの施設へ治療のために移動して来た者は毎日の服薬と講座、治療のためのカウンセリングなどを受ける。


 その合間にも病棟で結紮手術を受けている者もいる。


 結紮手術ならばその日のうちに収容所へ戻って来るのだが、たまに何日かの入院ののち戻って来る者もいるという。


 結紮していようがしていまいがたいがいが再犯者らしく、しかも入院から戻って来ると例外なく穏やかな性格になっているという。入院中、よほど恐ろしい目にあったのではないかと噂されたが、特段誰も怯えている風もなかったので、それ以上所内で気にされることも無かった。というより、結紮さえ済めば後1か月足らずで出所する者が多かったので、噂もすぐに立ち消えたのだった。



 野口に最初に話しかけて来た男・柳原が戻って来たのは3日後のことだった。


 戻って来た柳原は最初の印象と180度違った。口数少なくおとなしく、だがにこにこと穏やかに日々を過ごしている。作業の手も止めず、無駄話も女性に対する罵詈雑言も出てこない。あまりの人の変わりように記憶喪失にでもなったのではないかと心配したが、野口のことも周りの人々のこともちゃんと覚えていた。


 そして入れ替わるようにまた誰かがいなくなったが、どうせ入院か退所だろうと、誰も気にするものはいなかった。


「聞いた?野口さん」


 昼食が終わっての休憩時間。読んでいた文庫本から目を上げ、野口は話しかけて来た男を見た。結紮してすぐに女性を妊娠させた若い男、立花だった。


「柳原さんさあ、手術されたらしいよ、ここ」


 立花は頭を人差し指でちょんちょんと指した。


 軽薄で調子乗りだが、人懐っこい立花が野口は嫌いではなかった。今もゴシップというより心配した面持ちで話している。


「どうしたんだろう。なにか悪い病気でも見つかったのかな」


 野口と話した時は元気そうだったが、脳梗塞や脳溢血といった脳の病気は突然来る。柳原は精管結紮はしていたので、たしか認知行動の治療のためにここに入っていたはずだ。治療の途中でなにか見つかったのかもしれない。


 立花は野口の向かいに座ると顔を近づけてきた。そして囁く。


「野口さん、噂聞いたことない?ロボトミー手術の噂」


「ロボトミー?」


 おもちゃのようなSFのような言葉に、野口は首を傾げた。聞いたことがあるようなないような。記憶の中を掘り出すと、薄い文字の新聞記事のようなものが浮かび上がった。


「ああ~、なんか、何年か前に違法だなんだって……」


 眉間に手を当て絞り出す野口に、立花は前のめりで言った。


「田川さんが言ってたんだけどさ」


 そんな田川は午後から結紮の手術のために病棟に行っている。


「なんかロボトミー手術受けた人ってすっげーおとなしくなるらしくって、今の柳原さんみたいになるんじゃないかって」


「ええ~……、おとなしくなったからって、それだけで~?」


 田川さんもたいがいだなあと胡乱な目をする野口に、立花はさらに声をひそめる。


「柳原さんの手術したこの辺。そのロボトミー手術で切るゼントーヨーがあるとこらしいぜ」


 立花は頭頂部から少し前の方を指して見せる。


 野口は「飛躍しすぎだよ~」と言いながら笑ったが、たしかに向こうでほほ笑みながら外を見ている柳原に、噂との合致を感じてしまった。


「何年か前、小児性愛者にロボトミー手術がされたらしいけど、人権がどうとかで無くなったんだって。でもそのあと子供相手の性犯罪の再犯率がぐんと下がったんで、国が内緒でやってんじゃないかって噂があるって」


 たしかにその話は野口も聞いたことがあった。だが性障害治療のプログラムと治療薬が発達したことで再犯率は下がったと発表されている。


「で、どうもここから出てった人たちの中にすんごい人が変わったようにおとなしくなってる人がいるから、小児性愛者だけじゃなくってここに入れられた人たち全員ロボトミー手術されてるんじゃないかって」


「ええ~。じゃ、どうして田川さん素直に行っちゃったの、手術」


 もはやSF並みの想像力に薄ら笑いながら野口が言うと、立花は真剣に野口に詰め寄る。


「だからさ、田川さんがさ、『私が帰って来たら様子を見て。自分じゃわからないかも』って」


「ていうか、田川さんもとから穏やかな人だから、よくわかんないんじゃないの?」


「だから野口さんに協力して欲しいんじゃん!」


 あ、そういうことね、と言いながらも野口は鼻で笑っていた。


 案の定夕食には帰って来た田川は一切変わったところはなく、髪をかき分け頭を確認しても手術跡は無く、


「いや、心配かけてごめんね」


 と照れて笑うばかりであった。


 この後田川は1か月、精液の中に精子が確認されなくなるまでこの施設に滞在する。


「私のは結紮じゃなくてパイプカットだし、歳も歳だからすぐ出て来なくなると思うんだけどねえ」


 言いながら、次の日田川が採取した精液を提出しようとしていたときであった。


 施設から脱走しようとした者がいた。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ