ヒミコの国造り・5
「勃てばいいじゃないですか。僕なんか結紮のせいで勃たなくなっちゃって……」
「私はそもそも勃たたないのに無理やり結紮させられそうになって」
野口とあまり変わらないか少し若いくらいの男たちが声をかけてきた。ひとりはこれと言って特徴の無いどこにでもいそうな普通の男。もうひとりもこれと言って特徴の無い中肉中背の真面目そうな男。
「法律だから、仕方ないからなんの経験も無いうちに結紮したんですけど、結紮したら勃たなくなってエッチもできないってどういうことなんでしょう!?あんまりじゃないですか!?なんのための結紮なんですか!」
自由にセックスするための結紮ではないとは思うが、気の毒と言えば気の毒ではある。だが、と野口は訊いてみた。
「結紮する前はちゃんと勃ってたの?その、ひとりでしてたときとか」
普通の男は胸を張って言った。
「そりゃあ、ちゃんと勃ちます」
「ます?」
その場にいた全員が疑問符を付けた。
「ひとりだと大丈夫なの?」
「全然大丈夫です」
「結紮してからも?」
「自分でなら」
何を言っているんだという顔で男は訊いた田川を見る。
周りの男たちはしばらくまんじりともしない顔で普通の男を見つめていたが、若い男が普通の男の肩を叩いた。
「慣れっすよ、慣れ。場数踏めば何とでもなりますって」
普通の男の頭の周りには疑問符が飛んでいた。
「私はそもそもそんなに性欲がなくて」
真面目そうな男は抑揚のない声で淡々と話し始めた。
「アダルトビデオを見ても勃起もしないので結紮の必要はないと判断したのですが、それを国が許してくれなくてですね」
「ホントに~?ホントに今まで一度も勃ったことないの~?こっちのお兄さんみたいにひとりでやったら勃ったりするんじゃないの~?」
若い男が茶化すのに、真面目な男は顔色も変えずに言う。
「勃起するにはしますが、生身の人間相手ではないということです」
「ほら。こっちのお兄さんと一緒じゃん。慣れだよ慣れ。慣れたら勃っちゃうから結紮しろって話だよ」
「いえ。私は盗撮された画像でないと全く興奮しないんです。興奮したからと言って必ずしも勃起するわけでもありませんし、女性ないしは男性に挿入したいとは思いませんし、結紮は必要ないと思うんです」
その場にいた全員が言葉を失った。結紮逃れ云々の前に立派な性犯罪である。何を堂々と告白しているのか、この男は。
「え、待って。お兄さん、なんでここに入ってんの?普通の刑務所の方が良くない?」
良くない?という聞き方はどうかと思うが、性犯罪なら一般刑務所へ収監されるのがたしかに妥当なような気はする。
「結紮待ちなので」
たしかにここは精管結紮義務化に特化した収容所ではあるので、まず結紮してない者が収容されるのは当たり前なのだが、それにしても、と野口を始めそこにいた皆が呆れた。
女性に対して偏見や差別的な思想で精管結紮をしてなかったり悪用してたりする者は多けれど、まさか性犯罪者まで一緒に収容されていたとは。
ということは、もしかして法的には精管結紮逃れも一種の性犯罪と捉えられているのだろうか。
「そういやお兄さんは結紮はしてるんだよね?勃たないって文句言ってただけだよね?なのになんでここに入ってんの?」
若い男がふと気づき、結紮術のせいで勃たなくなったと苦情を言っていた普通の男に向き直る。
「盗撮のサイトでこちらの方と知り合って、いろいろ情報交換とかしてたんです。そしたらなんか一緒に捕まっちゃって」
もう完全に性犯罪で捕まってる人たちじゃん。
はっきり口に出して言う者はいなかったが、自分たちは性犯罪者と同列に扱われているという事実に、全員衝撃を隠せなかった。