ヒミコの国造り・4
「かっこつけてんじゃねーよ。素直に死ぬまでビンビンでいたかったって言えばいいだろう」
しんみりとしゃがみ込み、身体を動かし楽しんでいる集団を眺めている田川と野口の前へ、田川よりやや若めの60代くらいの男が立ちはだかった。
頬骨の出た精悍な顔つきは目つきも鋭く、背筋もしゃんと伸びている分威圧感がある。男はふんと鼻を鳴らして田川を一瞥した。
「精液なんて白くてなんぼのもんだろうが。結紮した後のあんな色の薄いもん出したって、イッた!って達成感ねーだろーがよ。女だって腹の上に出されても口ん中に出されてもションベン飲まされてるみたいだっつーて飲んでもくれねえ」
あまりの直截な言いように、野口も田川も眉間を寄せる。
「だいたい精液受け取って勝手に妊娠するのは女なんだから、避妊するのは女の役目だろうが。なんなんだよ、この法律はよ。な?そう思うだろ、あんたも」
同意を求められても、すべてにうんと頷ける野口ではない。
「たしかに男性が全員精管結紮を受けることには反対ですが、あなたみたいな人がいるから女性の安全が守れないと思われたんじゃないんですか」
柳原といいこの男といい、まだこんな前時代の考え方でセックスしているヤツがいたのかと野口はここに収容されてから思い知った。
男はニヤニヤと笑う。
「こんなとこにいるくせにずいぶんお綺麗なこと言うんだなあ。なに、あんた、再結紮する前に不倫かなんかで子供こさえちゃったタイプ?」
よくある話である。
結婚し、子供を作るために精管復元手術を受けた男が、子供もできたのにそのまま再結紮も受けずに安易に浮気し、相手を妊娠に至らしめるという事件は後を絶たない。
その際、相手に「結紮している」と嘘をついたか、「結紮していない」ことを女性側が確認したか・男性側が告白したかで裁判でよく揉めている。
これが原因で、いっそ男性はすべて精子を冷凍保存したのち完全パイプカットした方がいいのではないかと、国で法案が取り上げられたほどである。
さすがにそれはどうなのかといったん保留にされたのだが、あくまで『保留』である。
妊娠は人工授精で構わない、と国民の全女性が容認すればすぐにでも採用されるかもしれない。
「女性だってまず安全にセックスしたいだけでしょうし、精液が白いか白くないかなんてコンドーム着けたらどうでもいい話ですよね」
思い切り軽蔑のまなざしで野口が言うと、男も呆れたように声を張り上げた。
「コンドーム!そんなもん着けたらますます女は喜ばねえ!痛い痛いって泣いてるよ!外して!ってな!『先走りのおつゆがないと痛くて死んじゃう!』」
ふざけた声が大きくて周りにも聞こえたらしく、何人かが笑っている。
田川が困った顔でため息をつき頭を振ったが、野口の眉間はますます険しくなった。自分もここに収容されている以上、何を言っても説得力はない。そもそもこの手の男は人の話に耳を傾けないだろう。狭い更生施設とはいえ、外の社会となんら変わらない。いろんな人間がいるのだ。黙って関わらないに越したことはない。
野口は立ち上がり、不愉快な男の前から去ろうとしたところで別の若い男がその不愉快な男の肩を抱いた。
「そーうなんすよね~。ナマ喜ぶ女子多いんすよ、意外と。だからおススメっすよ、精管結紮」
若い男は人懐っこく、不愉快な男の胸をパンパンと軽く叩いた。
「なんだよ、おまえやってんの?結紮」
なれなれしい態度に慣れているのか、不愉快な男はそのまま若い男に訊く。
「もち、やってるっすよ。ゴム無しナマでやりまくれるなんてラッキーじゃないっすか」
「じゃ、なんでこんなとこ入ってんだよ」
「結紮してすぐやれるんだと思ってたら、なんか1か月?精子が出なくなるまで?ゴム使わなきゃいけなかったみたいで?」
悪びれもせず言う若い男に、野口は呆れて言う。
「性病だって怖いだろう……」
「おかげさまで移したり移されたりで」
あっけらかんと笑う男の腕を、不愉快な男が肩から慌てて払った。
「いや、なんかオレ若いんで精子元気だったみたいで参ったっすよ~」
精管結紮J術を自ら逃れただけではなく、野口のように誰かを精管結紮から逃そうとした者、あるいは精管結紮術を受けていても中絶せざるを得ない状況に至らしめた者。
つくづく精管結紮に纏わるいろんな人間が、ここには収容されていた。