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ヒミコの国造り・1


「叔父さんには事情は説明してある。大丈夫だから」


 緊張を隠した笑顔で父親は息子に言った。


「出国審査さえ通ってしまえばあとは大丈夫」


「父さん……」


 不安そうな顔をする息子はあと何日かで成人だというのにまだまだ幼い。


 そんな息子に父親は不安を隠すため、笑いながらも同じ言葉しか繰り返せない。


「大丈夫!嘘をついてるわけじゃない!ちょっと誕生日を誤魔化しただけ」


 大袈裟に息子の肩を抱き寄せ小声でウインクして見せると、息子は情けないような顔で笑った。


「それを嘘って言うんだよ」


 父親は笑いながら息子の肩を叩くと、さらにぎゅっと抱き寄せ、そして離した。


「何も心配ない。向こうに行って、幸せになりなさい」


 息子は寂し気にほほ笑んだ。


「うん。お母さんによろしく言っといて」


「……わかった。さあ、早く」


 父親は回れ右をさせると、息子の肩を押す。


 息子は一歩一歩進みながらもちらりと父親を振り返り、また前を向いて歩き始めた。


 父親はその後姿をただ見送る。このまま無事に出国できると信じて。


 しかし。


 早くも搭乗手続きのカウンターで、息子は物々しいスーツ姿の人々に囲まれた。


 あっと気づいた瞬間には、父親の前にも手帳がかざされる。


「野口悟。精管結紮術逃奔隠避罪で逮捕します」


 だが父親は自分の窮地よりも息子の方が大事だった。


「待ってくれ!息子は……!」


 走り出しそうになった父親を囲んでいたふたりの男が取り押さえる。


 父親の手の届かない向こうで、息子はスーツを着た女性に何かを問われ頷き、そして出口と違う方へ誘われて行く。


「息子はゲイなんだ!精管結紮術なんて必要ない!だから……!だから!」


 空港のざわめきのなか、父親の声が届いているのか届いていないのか。囲んでいる刑事たちの間から息子は父親を見ると、にこりとほほ笑んだ。悲しくもあり、寂しくもあり、諦めのようでもあり。


 男たちに支えられながら、父親はがくりと膝を折った。




 減らない中絶の数に業を煮やしたその国は、国民の全成人男性に等しく精管結紮術を義務付けていた。


 

 成人の月を迎えた男性に、国から案内が届く。


 受け取った男性は一番近くの指定病院へ行き、精管結紮術を受けるのだ。


 手術時間は1時間程度。日帰りで、費用はもちろん保険なのでかからない。


 決まったパートナーができ、子作りのタイミングが決まれば復元手術を無料で受けられる。


 そしてまた子作りを止めれば精管結紮術を受けることとなる。そのタイミングは個人に任せられている。


 復元手術の成功率は98%にまで上がったとはいえ、万が一のことを考え、結紮前に精子を冷凍保存することもできる。これも個人の判断に任せられているのだが、無料なのでおおむねほとんどの人が希望する。


 この制度ができてずいぶんになるので、ほとんどに人たちが何の疑問も思わずに精管結紮術を受けていたが、それでもまだこの制度に反対する者や、この制度を悪用する者もいた。


 中絶をする女性の数は格段に減ったが、それでもまだゼロとは言えない。一時期は性病も増えた。


 性犯罪の厳罰化は容赦なく進められた。

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