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8.「おやすみなさいませ、ルーク様」


 しょ―や【初夜】

 ①はじめての夜。特に、結婚当日の夜。


 夜の帳が降り、月の明かりだけが照らす暗い室内。

 静けさの満ちる寝台の上に、婚姻を控えた男女の姿があった。

 女性の方は腹部で手を組み、天井を見据えたまま微動だにせず、

 また男性の方も、そのまま呆然と天井をじっと見つめていた。


 ――じっと。

 ――じぃいぃぃっと。


「………………シェリル」

「なんでしょうか?」

「もしかして、ふざけてる?」

「真剣ですが?」


 キリッとした声でシェリルがそう言うと、ルークはベッドから跳ね起きた。

 そしてなにかを訴えるように声を荒らげる。


「いや、だから、本当に!? 真面目に言ってる!?」

「初夜ですよね? 大丈夫です! 私もそのぐらいの知識ならあります」

「知識?」

「本で読んだことがあります!」


 シェリルはゆっくりと身体を起こすと、何かを思い出すかのように目を閉じて胸の前で手を組む。


「結婚式当日、宴が終わった後、想い合った男女が足早に一つの部屋に入り。『このときを今か今かと待ちわびていた!』『私もよ、アーサー!』『愛してる』『私も愛しているわ』といったような会話を交わしながら、もつれるようにベッドに雪崩れ込み――」

「雪崩れ込み?」

「場面が暗転した後に、ちゅんちゅんと小鳥の囀る音が聞こえて、朝を迎えます」

「迎えちゃったかー……」

「そのとき両者はなぜか裸です」

「そうだろうね。……ちなみに、『なぜか』は考えたことがある?」

「暑かったから、ですか?」

「違う」

「そういう癖があった?」

「間違い」

「夢遊病?」

「ゼロ点!」

「え!? いつの間に試験がはじまっていたんですか!?」


 突然告げられた点数に驚き、シェリルは焦ったような声を上げる。

 反対にルークは脱力したように再びベッドに横になった。


「あーぁ、期待して損した!」

「期待? もしかして、なにか期待して来てくださったんですか?」

「そりゃ、まぁね? 大人ですから?」

「大人、ですか?」


『大人』の意味をはかりかねて、シェリルは首をひねる。

 しかし、どれだけ首をひねってもルークの言う『大人』の意味にはたどり着けない。

 シェリルは黙ってしまったルークにオロオロと視線を彷徨わせたあと、しょんぼりと肩を落とした。


「もしかして、あの、怒っていますか?」

「は。なんで?」

「わ、私が上手にルーク様の言葉の意図を汲み取れないので……」


 落ち込んだような声を出しながら、シェリルは膝頭をすりあわせた。

 サシャだって、ルークが部屋に来るということの意味をわかっていたようだった。

 ルークも、当然わかっているだろうといった感じで部屋を訪ねてきた。

 なのに結局、シェリルだけが最後までなにもわからないまま、ルークの期待を裏切る羽目になってしまった。


(それはきっと、私が世間知らずだから――)


 いつの間にか俯いていたシェリルの頭に、なにか少し重たいものが乗る。

 それが起き上がったルークの手だと気がつくと同時に、彼がふっと微笑むのがみえた。


「別に、怒ってはないよ」

「本当ですか?」

「うん。がっかりはしてるけど!」

「がっかり!?」

「でもまあ、俺を籠絡したいんなら正解だったんじゃない? ここで何かあったら、俺を籠絡なんか一生出来なかったよ」


 頭を撫でるルークの手つきは驚くほど優しい。それはまるで幼子に対するもののようで、シェリルはなんとなく自分が子供になってしまったように感じた。

 ルークは頭を撫でていた手で、今度はシェリルの額を触る。

 剣を握り続けている男の、固くなった親指の皮膚がざらりと眉の上を滑った。


「俺は、軽い女は好きだけど、好きにはならないからね」

「あ、あの、言っている意味が……」

「都合がいい女にならなくてよかったねって話」


 そのまま頬にまで手が滑り、彼の手の甲が一度だけシェリルの頬を撫でた。

 ルークは一度微笑みを浮かべると、そのままベッドから立ち上がり扉へ向かう。


「帰られるのですか?」

「まぁ、やることないしねぇ」

「そう、ですか……」

(せっかく遊びに来てくださったのに、何も進展がありませんでしたね……)


 いきなり『メロメロ』とまではいかなくとも、少しぐらいは仲よく出来たら……と思っていたシェリルにとって、このなんの成果も上げられていない状況は大変苦しいものがあった。

 そんな風に落ち込んでいると、シェリルの脳裏に閃くものがあった。


(――そうだ!)

「ルーク様!」

「なに?」


 ドアノブを持っていたルークはシェリルの呼びかけに振り返る。

 シェリルはそんなルークの頬を両手で挟んだ。そして、踵を上げる。


「は?」


 小さなリップ音と共に、シェリルの唇はルークの額から離れた。

 このお休みのキスは、以前読んだ絵本に描いてあったものだ。主人公である少女の祖母が少女の幸せを願って、毎晩お休みのキスを贈る。その温かな描写が印象に残っていたのだ。


「おやすみなさいませ、ルーク様」


 優しいタッチで描かれた絵を思い出しつつ、シェリルは微笑んだ。すると、ルークは額を押さえたまま、なぜか少し遅れて「……おやすみ」と返してきたのだった。



面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

今後の更新の励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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