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6.「いいよ。メロメロにしてみなよ」

 三日後、シェリルは馬車の中にいた。

 あれから正式に国王からルークとの婚約を言い渡され、半年後の婚姻に向けて、花嫁修業も兼ねてオルテガルドに行くことになったのだ。

 それにしても、話を聞いてから三日という性急さでオルテガルドに向かうことになったのは、ルークがシェリルの事を迎えにきてしまったのが理由らしい。当初は三ヶ月間ほどゆっくり準備をするはずだったのだが、急遽ルークの帰国に合わせて、わずかな時間で旅立つ事になったのである。

 あまりにも早すぎる展開にシェリルが口を挟む隙間などなく、あれよあれよという間に話に流されていたら、いつの間にか、こう、なってしまっていた。

 シェリルは小刻みに跳ねる馬車の窓から外を見つめる。少し後ろの方に目をやれば、小さくなっていく白亜の塔があった。

 それを見ながら蘇ってくるのは、馬車に乗る前の心配そうなサシャの言葉だ。


『私は、シェリル様の荷物と一緒にそちらに向かうこととなります。なので、くれぐれも、私が合流するまで変なことしないでくださいね? わかりましたか?』


 シェリルは膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめる。


(わかっているわ。サシャが来るまで変なことはしない。――変なことは!)


 シェリルは脇に置いていた自叙伝を開き、視線を滑らせた。


(『お互いを知ること』は変なことはないものね!)


 ルークに会ってから、こうやって馬車に乗るまでの三日間で、シェリルは恋愛関係の本を読み漁っていた。無限図書にある過去の神使が読んだ本はもちろんのこと、王宮の図書室にある優先度が低いとされてまだ神使が読んでなかった本、ひいてはサシャに最新の恋愛の指南書を買ってきてもらってもいた。

 それらの本を読み、シェリルが学んだことは、『恋愛とは相互理解である』ということだった。つまり、相手をよく知り、相手によく知ってもらうこと。

 シェリルは、自叙伝の中に書いてある少し先の未来を確かめる。


(この本によると、今日はこのあと休憩を取る予定ね。そのときにルーク様は一人でどこかに行くみたいだから、そこで――)


 そこまで考えたところで馬車が止まり、外から兵士らしい男性の声が聞こえた。


『馬の休憩になります。シェリル様は馬車から降りになられますか?』

(本当なら、ここで降りる選択をするみたいだけれど……)

「私は馬車の中で休憩させていただきます」

『わかりました。なにかあればお申し付けください』


 書いてある未来と少し違う選択をしたからか、インクの色が少しだけ薄くなる。

 しかし、問題ない。


(それでもきっと、この後ルーク様は――)

『んじゃ。俺、ちょっと行ってくるから』


 小さいが、ルークのそんな声が聞こえた。

 予想していたとおりだ。否、書いてあったとおりだ。

 ルークはこれから一人、一時間ほど隊を離れる。一人でなにをするのかはわからないが、これはシェリルにとって絶好のチャンスだった。


(だって、『二人っきりの時に愛は育まれる』んですものね!)


 読んだばかりの本の知識を胸に抱いて、シェリルは隊が休憩している側とは反対側からそっと馬車を降りた。足音を立てないように木の後ろに回り込むと、ルークが森に入っていくのが見える。シェリルはその背にバレないようについて行った。


(なにをしているのでしょう?)


 木の陰に隠れながら、シェリルはルークの様子を観察した。

 ルークは周りを見回しながら、なにかを確かめるように歩き続けている。


(な、なんだか、いけない事をしている気分になってきました)


 シェリルとしては声をかけるタイミングを計っていただけなのだが、なんだかこれではまるで後をつけているようにみえる。


(確かにルーク様が何をしているのか気になりますが、こうやって盗み見のような形になるのは――)


 そこまで考えたとき、急にルークがこちらを振り返ってきた。


「えっ」


 存在がばれたのかと思いシェリルが狼狽えると、彼は脚のホルダーから細身のナイフを抜いた。そして――


「へ!? ちょ、ちょ、ちょっとまってください! なんで!? まだあと二ヶ月以上あるはずじゃ――」


 投擲。

 シェリルは目を瞑り、身体を硬くして身構える。しかし、ナイフが身体に刺さる感覚も痛みもやってこずに、代わりに背後で呻くような声がした。


「ぐぁっ……!」


 続いて、何か重いものが地面に落ちる音。

 シェリルがおそるおそる振り返ると、長い草の中に男性が倒れていた。彼の肩には先ほどルークが投擲したナイフが深々と刺さっている。


「え? ええぇえぇぇ!?」

「シェリル、近づいちゃダメだよ」


 思わぬ光景にシェリルが腰を抜かしていると、そんなルークの声がした。

 直後、地面に尻餅をつく彼女を華麗に飛び越える影。


「くそっ!」

「残念。逃げられないよ」


 ルークは何者かを追いかけているようだった。

 彼は走りつつ腰の剣を抜く。そして、倒れている丸太に脚をかけ、再びの跳躍。

 くるりと空中で身を翻した彼は、追いかけていた男の前に降り立った。そして、そのままの勢いで目前の男の腹を蹴り飛ばした。


「くそっ! ぐっ――!」

「はい、確保」


 ルークは男を地面に縫い止めるかのように腕の付け根を踏んだ。そして、もう片方の足で逆側の手首も踏んで、男の動きを封じる。ルークは男を見下ろしつつ、口を開いた。


「君たちでしょ。この先で山賊のまねごとみたいなことしている奴らって」

「……」

「困るんだよねぇ。この道、うちの領民も使うんだよ。先月辺りから被害が報告されていてさ」


 ルークの下で、男の手がゆっくりと動く。踏まれている肩の方の手だ。男の手が目指す先は腰に付いている刃物。

 シェリルはそれを見て取り、声を上げた。


「ルークさ――」

「余計なこと考えない!」


 しかし、シェリルの声が届く前にルークの剣が男の顔の横に突き刺さった。それと同時に耳がぱっくりと二つに裂ける。


「ぎゃあぁあぁ!」

「次に変な動きを見せたら、眉間にいくからね。他の仲間の位置や人数なんかは、毒で倒れているそこの奴に聞けば良いだけなんだから」


 そう言ってルークが視線で指したのは最初にナイフで倒された男の方だ。


「あー、でも。よく考えたら、アイツがいるんだからお前が生きている意味はないのか。……じゃぁ、もう死んどく? 抵抗されるの面倒だしさ」

「も、も、もう、抵抗なんかしない! 約束する! 約束するから命だけは――!」

「えー。でも、生きてると何かと金がかかるからなぁ。死んでたら、その辺考えなくても良いじゃん?」


 死を口にしているにしては、ルークの口調は軽やかだ。口元にも笑みが浮かんでおり、まるで相手が怯えているのを楽しんでいるようにみえる。

 そんな彼の様子に男の身体が震え出す。


「た、頼む! なんでも喋るし、なんでも言うことを聞くから!」

「えー。どうしよかなぁ」

「頼む、頼む……」

「うーん」


 青い顔で男が懇願する。そんな彼の様子を見て、ルークは少し考えたようなそぶりを見せた後、満面の笑みを見せた。


「うん。やっぱり死んどこっか?」

「なっ――」


 ルークは彼の顔の横に刺さっていた剣を、もう一度振り上げる。

 そうして、そのまま男の眉間に――


「あはは、気絶しちゃった」


 ルークの楽しそうな声に、シェリルはいつの間にか瞑っていた目を怖々と開ける。すると、そこには泡をふいて倒れる男とそれを見て笑うルークがいた。男の眉間に剣は刺さっていない。

 ルークは腰につけていた紐で手早く二人の人間を縛り上げると、シェリルの元まで歩いてくる。そうして彼女の目の前でしゃがみ込んだ。


「大丈夫? 怖い思いをさせちゃったね」


 ルークはそう言い、手を差し出してきた。

 シェリルがその手を取ると、彼は優しく微笑みシェリルを立たせてくれる。


「こ、この方たちは?」

「山賊だよ」

「山賊?」

「こいつらは、襲撃対象を決めるための見張り役って感じかな。ここら辺にいるだろうと思っていたんだけど、まさか当たるとはねー」


 ルークはそうからからと楽しそうに笑った後、シェリルと繋いでいる手の力を強めた。


「ところでさ、どうして僕の尾行なんかしていたの?」

「へ?」


『尾行』という単語にシェリルは声を上ずらせた。

 なんとなく恐ろしくなり手を引こうとしたのだが、予想以上の強い力で捕まえられていて、まったく手を引くことが出来ない。

 ルークは先ほど男に向けていたのと同じ、ぞっとするような笑みをシェリルに向けた。


「気づいてないとでも思った? 残念でした。森に入るときから気がついていたよ。……で、なにが目的? 逃げようとでも思った? 世を儚んでの自殺? それとも、ここで俺のことを葬ろうとでも――」

「じ、実は!」

「実は?」


 シェリルは大きく息を吸う。

 先ほどとはまた別の意味で、緊張してしまい、喉がぎゅっと締まる。


「実は、ルーク様と仲良くなりたくて!」

「……………………ん?」

「もしよかったら、こちらをどうぞ!」


 そう言ってシェリルが懐から出したのは四つ折りの紙だった。

 ルークは差し出された紙とシェリルを交互に見比べたあと、彼女の手を離し、紙を手に取った。そして、それを広げた瞬間、瞳を困惑色に染める。


「なに、これ?」

「私のプロフィールをまとめたものです! 生年月日から趣味、自覚のある癖まで思いつくままにまとめています! こちらを読んでいただければ、私のことはある程度わかっていただけると思います」

「……」

「そちらは簡易版なので三枚しかありませんが、きちんと書いたものは馬車の中にありますので、あとでお渡しします!」

「えっと、…………ん?」

「へ?」

「ちょ、ちょっとまって、意味がわからないんだけど……」

「ですから、これは私のプロフィール――」

「いや、そういうことじゃなくて!」


 ルークはがりがりと頭を掻く。

 そうしてしばらく考えたあと、「つまり、君は本当に俺と仲良くなりたい?」と確かめてきた。妙に「本当に」を強調して放たれた言葉に、シェリルは「はい!」と頷く。


「なんで?」

「え。なんで……?」

「もしかして、どうせ結婚するなら仲良くなっておこうって事? それなら、もうやめた方がいいよ。君だってわかっているんでしょ? この結婚が普通の結婚じゃないことぐらい」

「それは……」

「結婚って体は取っているけど、君は人質で、僕はその監視役。僕は君の夫になるけど、味方じゃない。だから――」

「ですから、ルーク様をメロメロにしたくて!」

「は? メロメロ?」

「はい! メロメロ、です!」


 今日何度目かわからないルークの困惑顔を無視して、シェリルは話を続ける。


「私、ルーク様にヒントをもらってから、私たちと同じような関係の男女が出てくる本をできるだけたくさん読んだんです! それで、理解しました! 私はルーク様をメロメロにすればいいと!」

「どうゆうこと?」

「メロメロになると、人は人に対して優しくなります!」

「もしかして、俺を籠絡する気?」

「ろうらく……。はい! 籠絡です!」


 シェリルの宣言に、ルークは一瞬固まったあと、とうとう声を上げて笑い出してしまう。それはいままで見たどの笑みよりも素直な笑顔に見えた。


「いやぁ、籠絡。籠絡ね。君が? あぁ、そう」

 散々笑い散らかして、ルークは目に溜まった涙を拭った。

 なにがそんなにおかしかったのかはわからないが、そのあとに聞こえてきた声は先ほどよりも随分と丸くなっているような気がした。


「いやぁ、思った以上に変な子だねぇ、君」

「そう、ですか?」

「いや、俺を籠絡しようと考えるのもあれだけど、それを本人に言っちゃうのがまたさぁ。しかも、なにこのプロフィール。面白いにもほどがあるでしょ」


 先ほどシェリルからもらったプロフィールをひらひらとさせながら、ルークは何かを思い出したかのようにまた笑う。どうやらシェリルの何かが彼のツボに入ったらしい。


(なにかはまったくわかりませんが……)

「しかも、こんなの見た後で!? 嘘でしょ」


 ルークは目尻に溜まった涙を拭う。

 そんな彼の言葉に、シェリルははたと何かに気がついたように声を上げた。


「そういえば、ルーク様は彼らを捕まえるためにここに来たのですか?」


 そう言って視線を男たちに向ける。彼らはまだぐったりと意識を飛ばしていた。


「あぁ、うん。そうだよ。どうせこの道通る予定だったから、ついでにね。まぁ、君が付いてくるとは思わなかったけど」

「一人だけで? 他の方はおられないのですか?」

「いないよ。ぞろぞろと人を引き連れて入ったら、彼らに警戒されて逃げられちゃうでしょ? その点一人なら警戒されることないし、複数人で見張り役やってたら襲ってきてくれるかもしれないしさ」


 そのことなにシェリルは困惑の表情を浮かべた。


「ルーク様自らですか?」

「そうだよ。だって、俺があの中で、一番強いからね」

「だとしても……」


 そんなこと、普通は部下――兵士にやらせるものだ。彼らはルークを守るためにいる人たちで、彼は守られるべき人間なのだから。


「さっきも言ったけど、まさか当たるとは思ってなかったし、俺がやるのが一番失敗が少なくて楽だからさ。それに、こうやって上の人間が自らすすんで危険なことをしていると、部下からの評価が上がってあとあと楽でしょ? いざって時に命だって掛けてくれるようになるしさ。要は、点数稼ぎだよ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるルークのことを、シェリルはじっと見上げる。

 その視線に気がついたのだろう、彼は「ん?」と片眉を上げた。


「どうかした? 目と鼻と口と眉毛と耳以外で、俺の顔になにかついてる?」

「いいえ。ただ、ルーク様は噂通りに嘘つきなんだなぁと」

「ん?」

「人間は嘘をつくときに右上を見る傾向があると本で読んだことがあります! きっとルーク様は、点数稼ぎでもなんでもなく、兵士の皆さんを危険にさらしたくなくて自ら見回りに行くと買って出たんですね!」


 その言葉に、ルークは目を見張る。しかし、それも一瞬のことで、彼は瞬き一つで表情を元に戻し、シェリルにぐいっと顔を近づけた。


「あんまり、俺をいい人だと思わない方がいいよ? ……君、人に騙されやすいって言われたことない?」

「ありません。サシャからはよく『クールポンコツ』って言われますけど……」

「クールポン――」


 言葉をなくしたルークをシェリルは見上げる。

 ルークはシェリルを頭からつま先までしばらく観察したあと、どこか困ったような表情で「どおりで」と口にした。


「あんなに脅したのに、こうやってついてくるわけだ」

「え?」

「いい子なんだから、あのまま逃げてれば良かったのに……」


 言葉の意味がわからずシェリルが首をかしげていると、ルークは「なんでもないよ」と微笑んで、こちらに手を差し出してきた。


「帰ろうか。どうせ、黙って出てきたんでしょう? そろそろみんな、君がいないことに気がついて慌てている頃合いだと思うからさ」

「そうですね」


 シェリルは差し出されたルークの手を取る。すると、そのままルークは歩き出した。

 つながった手に引っ張られるようにして、シェリルはルークの隣に並ぶ。隣からそっと盗み見たルークの表情は、楽しそうな、それでいてどこか寂しそうなものに見えた。


「なるほどねぇ。ポンコツ。ポンコツかぁ」

「どうかしましたか?」

「ねぇ、シェリル。さっきの俺のことメロメロにしたいって本気?」

「も、もちろんです!」


 ルークの足が止まり、シェリルも止まる。

 どうしたのかと一歩先で振り返れば、彼と向かい合う形になった。


「いいよ。メロメロにしてみなよ」

「え?」

「するんでしょ? 俺をメロメロに」

「いいのですか?」

「できるものならね」


 シェリルの水色の瞳がきらりと輝く。

 許可が出た興奮で、頬がわずかに熱くなった。


「私、頑張ります!」

「がんばって」


 そう言って笑ったルークはこれまでで一番楽しそうだった。


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

今後の更新の励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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