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4.「シェリルは殺すよ。戦争が始まればすぐにでもね」

 中庭は春の陽気に包まれていた。

 二人の頬に指すのは柔らかな木漏れ日。

 白いテーブルクロスが掛けられた円卓の上には、縁に金があしらわれたカップとソーサーが二人分用意されており、カップからは開いたばかりの花を思わせるような紅茶の香りがふわりと広がっている。色とりどりの小花がちりばめられたお皿には、目にも楽しく切りそろえられたフルーツとお菓子が並んでいた。

 そんな穏やかなお茶会に参加しているのは、表情だけは笑顔を貼り付けた少女と、常に楽しそうな美青年。

 シェリルと、ルークである。

 あれからなんやかんやと話が進み、気がついたら『後は若い二人に任せて……』的なのりで、二人っきりでお茶会をする羽目になってしまったのだ。

 ちなみに、『なんやかんや』でわかったことは『どうやら本当に、シェリルはオルテガルドに嫁がされるらしいこと』と『その相手が目の前の彼』だと言うこと。さらには『シェリルが嫁ぐのはエルヴィシア側が決めたのではなく、オルテガルドたっての希望で決まった』という事実だった。


(本当にこの方が、私のことを殺すんでしょうか……?)


 シェリルは、ちらりとルークを盗み見ながらそう思う。

『無情にも首を刎ねた』なんて書いてあったものだから、てっきり鬼の形相をした恰幅のいい大男を想像していたのだが、目の前の彼はそれとは正反対に見える。少々色香が強いような気がするが、見た目はどこからどう見ても好青年だし、口元は常に笑みをたたえていて性格も優しそうだ。身長は想像していたとおりに高いが、恰幅がいいわけではなく、服の上からでもわかるほどに引き締まった体つきをしている。

 あまりにもじろじろと観察していたからだろうか、ルークはシェリルの視線に気がつき、やっぱり笑んだ表情のまま首をかしげた。


「ん? 俺の顔になにかついている?」

「い、いいえ! 目と鼻と口と眉毛と耳以外にはついていません!」


 慌ててそう返せば、ルークは少し虚を突かれた表情になったあと、ぷっとふきだした。

 なぜ笑い出したのかからないシェリルは困惑顔で首をかしげるが、それがまた面白かったのかルークは更に笑みを強くした。


「ねぇ。シェリルは普段なにしてるの?」

「わ、私ですか?」


 いきなり話を振られ、シェリルの声はうわずる。


「普段は本を読んで過ごしています」

「本? どんな本を読んでるの? 物語とか?」

「いろいろ読みますが、今日読んだのは、人間の存在にテーマを置いた哲学書と、今話題の死後の世界を描写した叙事詩。あとは、天文学の本を一冊読みました」


 シェリルの答えに、ルークは意外そうな顔をした。


「へぇ。結構お堅い感じの本を読んでるんだね。女の子ってもう少し夢が詰まったような物語を読むものだとばかり思ってた」

「そういう本も読みますよ。先ほど言ったのは、お勤めとして読んでいる本で……」

「お勤め? もしかして、神使としてってこと?」

「あ、はい。私の主な勤めは本を読むことですから」


 知識の箱舟の性質上、神使であるシェリルは毎日決められた量の本を読むことが求められた。それがどんなに理解できなくても、難しい内容でも、彼女が読まなければ本は無限書庫に加わらない。だからシェリルは幼い頃から毎日山のような本を読むことが求められた。幸いだったのは、彼女が本を読むことに全くの苦痛を感じなかったことだろう。

 そんな事情を知らないルークは、シェリルの『読書』を『神使として必要な知識の得るためのもの』と解釈したようだった。


「色々知っておかないといけないって、神使の仕事も大変だね。でも、お勤めに関係なくても読むって事は、物語の本は嫌いじゃないんでしょう?」

「はい。物語も大好きです!」

「それなら今度、俺が面白いと思った本を贈ってあげるよ」

「本当ですか?」


 思わぬ提案に、シェリルの声は高くなる。

 お勤めで読む本も嫌いではないが、やっぱり物語は別格だ。純粋に没頭できるし、自分をいろんな世界に誘ってくれるし、たくさんの体験をさせてくれる。

 シェリルの食いつきに、ルークの目は細められる。


「うん。英雄譚だから、女の子が好きかどうかはわからないんだけどね。その本の中で、特に好きなシーンがあってさ」

「どんなシーンなんですか?」

「それまで散々好き勝手してきた悪女が、処刑されちゃうってシーンなんだけど」

「処刑、ですか?」


 その単語で思い出したのは、自分の自叙伝だ。


『衆人環視の中、夫であるルーク様は無情にも剣を振り下ろし、私の首を刎ねました』


 もしかして、シェリルは処刑をされるのだろうか。何らかの罪を犯して、その罰に――

 ルークは先ほどまでとは少し違う怪しい笑みを浮かべたまま、話を続けた。


「その悪女はとある国のお姫様なんだけどね。やってきた悪事がバレて、父親である国王から見捨てられるように、和平を結んだばかりの隣国に人質として嫁がされるんだよね。だけど彼女はそれで懲りることなく、隣国でも相変わらず悪事の限りを尽くすんだ。そして、とうとうそれがバレて処刑されてしまう――」

「それは、なんというか……」

「正義が勝って、悪が討たれる。とっても気持ちがいい物語だよね!」


 悪意をまったく感じない顔でルークは笑う。

 けれどその表情に、シェリルはなぜか粟立つものを感じた。

 目の前の屈託のない笑顔がなぜか恐ろしく感じてしまう。


「でもさ、これって僕たちみたいだよね?」

「え?」

「状況がさ、ほら、どうしても」


 だんだんと雲行きが怪しくなってきた会話に、シェリルの身体が強ばっていく。いつの間にか、ルークの視線がこちらを観察するようなものへと変わっているような気がした。

 ルークはこちらに手を伸ばしてくる。掬い取ったのは、シェリルの銀髪。


「シェリルは優しくていい子だから心配いらないだろうけど、気をつけなきゃね。――あの悪女みたいに、処刑されないように」


 その一房にルークが唇を寄せた瞬間、シェリルは我慢できないといったように椅子から立ち上がった。同時に食器同士がぶつかる音が辺りに響いて、バランスを崩したシェリルのカップが横向きになり、茶色い染みがシーツに広がった。


「あ。大丈夫?」

「わ、私! 体調が悪くなってきたようなので、すみませんが失礼いたします!」


 シェリルはそれだけ言うとその場から一目散に逃げ出した。


 全力でその場から去って行く彼女の背を見ながら、ルークは苦笑を漏らす。


「体調が悪い、ねぇ」


 その声は楽しそうに歪んでいた。


..◆◇◆


「お帰りなさいませ、ルーク様。わざわざ仕事を後回しにしてまで見に来た花嫁はどうでした?」


 部屋に入るなりそんな嫌みに出迎えられ、ルークはうんざりした表情になった。

 場所は、エルヴィシア王宮内。ルークにと宛がわれた部屋。出迎えたのはルーク寄り二歳ほど年上の男だった。

 彼の名前は、エリック・ハルスタン。朽葉色の短い髪の毛に赤茶色の瞳を持つ、常に不機嫌そうな彼は、若いながらルークの側近を務めている男だった。


「そんなについてきたくなかったなら、ついてこなくてもよかったのにー」


 子供のように唇をとがらせながらルークがそう反論すると、エリックの表情はますます渋くなる。


「お目付役がいないと、貴方すぐに問題を起こして帰ってきそうですからね。それに、先日まで敵国だった国に飛び込むんです。何かあったら困るでしょう?」

「もしかして、心配してくれたの?」

「違いますよ。貴方に余計なことをされると私が迷惑するんです!」

「ふふふ、信用ないなぁ」

「される気もないでしょう?」


 ルークの軽口を受け流しつつ、エリックは眉間の皺を揉む。


「で、花嫁はどうでした?」

「別に、普通の子だったよ。良くも悪くも世間知らずのお姫様って感じでさ」

「……そうですか」

「で、面白くなっちゃって。ちょっと脅したら逃げちゃった!」

「『逃げちゃった』って……。貴方、本当に花嫁で遊ぶ気ですね!?」


 頬を引きつらせるエリックに、ルークは機嫌が良さそうに肩を揺らす。


「まったく。本当に貴方って人は……」

「そう、怒らないでよ」

「怒っていません。呆れているんです!」


 そんな反応が面白かったのか、ルークはますます楽しそうに笑った。

 そんなルークのことを見つめた後、エリックはなにかを諦めたように息をつく。


「でも、いくら面白いからといって情をかけないでくださいね。彼女はいつか――」

「大丈夫だよ。僕がそれぐらいのことで躊躇うわけがないでしょ」


 ルークに冷たい笑みを浮かぶ。


「シェリルは殺すよ。戦争が始まればすぐにでもね」


面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

今後の更新の励みになります。

どうぞよろしくお願いします!

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