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31.「俺の花嫁サンは頑張り屋さんだからね」


 ひんやりと冷たい空気が漂うわびしい空間。

 湿気を漂わせ苔が生えている石壁に、冷たい石畳。天井には木の張りがあり、そこからは一つだけランタンが吊るされている。

 そこはエルヴィシア王宮内にある物置の一つだった。外から帰ってきた者たちの一時的な荷物置き場。

 その中心に麻袋に入った長細いものが転がされていた。

 大きさは成人男性ぐらいで、中身もまさしく成人男性だった。成人男性の死体だった。

 そんな麻袋に近づく影が一つ。

 その男はエルヴィシア兵士の格好をしていた。

 彼は周りを見て人がいない事を確かめると、麻袋を開け、中に入っている男の死体を半分ほど出した。そして、その状態で死体を揺り動かす。


「ルーク様、ルーク様」

「……」

「そろそろ薬も切れる頃ですよね。いい加減起きてください。まさかこのまま本当に死んだりは――」

「……ぅ……かはっ」


 死体の男――ルークは、大きく息を吐き出し、咳き込んだ。そのまましばらく咳き込み続けて、ようやく収まったところで自分を起こした人物を見上げる。


「エリック、おそいじゃん」

「『おそいじゃん』じゃないですよ!」


 そう言いながらも、エリックは安堵の息をつく。小さな声で「良かった。本当に良かった」と呟いているのを見るに相当心配したらしかった。

 ルークは呼吸を落ち着かせた後、身体を起こしエリックに微笑みかける。


「ごめん、心配かけた」

「本当ですよ。仮死状態になる薬なんて、危ないものを使って……」

「でもこれで、サシャがこっちを裏切らないのはわかったな」

「命をかけて人を試さないでくださいよ……」

「俺、人を見る目はあるから大丈夫だよ」

「そういう話をしているんじゃないですよ!?」


 そう、彼らはシェリルに黙って作戦を変更していた。

 理由は、作戦を立てた日の夕方まで遡る。


…◇


『さっきの作戦なんだけどさ、ちょっと変更しない?』


 そう言い出したのはルークだった。ちょうどシェリルが湯浴みに行っており、その場にはルークとエリックとサシャしかいない状態だった。

 突然の提案に渋い顔をしたのはもちろんエリックだ。


『変更?』

『考えたんだけど、馬車を奪うんじゃなくてさ。俺が死んで、死体として潜入するのが一番安全だと思うんだよね』

『はあぁぁ!? なにを言っているんですか!?』

『あぁ、うちの兵に最近出来た下品な習性を利用するんですね』


 意外にも理解を示したのはサシャだった。

 彼女の言葉を受けて、ルークは頷く。


『うん。エルヴィシアは兵士の士気を上げるために、敵将の死体を持ち帰り、自身の国でまるで見せしめのように処分をする。それなら、俺の死体は無事に持ち帰ってもらえるんじゃない?』

『待ってください! 確かに彼らがそういうことをするという噂はありますが、遺体が五体満足で運ばれるかどうかはわかりませんよ!? もしも本当に士気を上げるためだけに持ち帰るのなら、首だけついていれば問題ないわけですし! それこそ首だけで持って帰ってもいいわけですから!』

『それはまぁ、そうなんだけど』

『そんなリスクを冒す必要がありますか? 予定どおり馬車だけ奪えばいいでしょう! 死体のふりをして潜入するだなんて、危険です! あまりにも危険すぎます!』

『……でも、いい案かもしれませんね』

『サシャさん!?』


 ルークの案に乗ってきたサシャに、エリックはひっくり返った声を上げる。


『確かに、馬車さえあれば潜入できるかもしれませんが、相手だけそのぐらいのことは対策をしているかもしれません。城に入る際「合い言葉がないから入れない」なんてことになる可能性もありますしね。相手の馬車に潜入できるのならそれが一番です』

『だとしても生首になって潜入したって意味がないでしょう!』

『そのためには、ほら、エリックが頑張れば』

『はぁあぁ!?』

『あぁ、なるほど。エリックさんが敵兵になりすませば良いんですね。そうすれば、ルーク様の死も装いやすくなるし、死体が傷つけられるのを防ぐことも出来る』

『ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! 確かに、私がエルヴィシア兵になりすますことが出来れば、なんとかなることもあるでしょうが。そもそも、私がエルヴィシア兵になりすますというのが無理なのでは!? 姿形を真似たってすぐにバレますよ!』

『そこはほら、サシャに数を呼んでもらえれば』

『木を隠すなら森、じゃないんですよ! 兵士なんてみんな顔見知りでしょう!? そんな中に私が入れるわけがないじゃないですか!』

『いや、そうでもありませんよ』


 その否定に全員の視線がサシャに集まる。


『今のエルヴィシアはオルテガルドとの戦争のために兵士に大幅な増員をかけています。従って、全員が全員知り合いなんて事はありません。元々うちの兵士は少なかったですし、今回の作戦に来る奴らは大体新人でしょうしね』

『新人って、どうしてそんなことがわかるんですか……』

『なんかあったときに殺しても替えが効くのが新人でしょう?』

『は?』

『それぐらい我が王家はシェリル様の力を公にはしたくないんですよ。それだけ奪われる危険性も高まりますしね。かくゆう私もそういう選抜の元、選ばれているわけですし』

『……』

『でもまぁ、いくら隠しても知っている人は知っているわけですが。原初三国には同じような神使がいるので、当然のごとく知られていますしね。……って事で、エリックさんが潜入するのは七〇%の確率でなんとかなるんじゃないかと』

『低いですよ!? 命かけるには低すぎますよ!? どうして「五〇%は超えているから良いだろ」みたいなテンションでこっちを見るんですか!?』

『まぁ、どうしても嫌だって言うなら、エリックは俺を馬車に乗せたら帰ってもいいから』

『そんなこと出来るわけがないでしょうが!』

『でも、これが現状一番安全にエルヴィシア王宮に潜入できる方法だよ』

『王宮に入る時にバレた方が囲まれるでしょうしね』


 二人の説得にエリックは渋い顔をする。


『ダメ元で聞いてみるんですが、やっぱりシェリル様だけを犠牲にするという方法じゃダメなんですか?』

『えー。俺はもう、その案には乗れないかなぁ』

『そういうことを言い出すのならば、私もあなたたちに協力は出来ません』

『あぁ、もう! わかっていますよ! わかっています! そういう反応ですよね!?』


 エリックはしばらく考えた後、覚悟を決め多様な声を出した。


『わかりましたよ。やればいいんでしょう、やれば! ……それじゃ、シェリル様にもその旨を――』

『シェリル様には言わない方がいいかもしれません』

 遮るように放ったサシャの言葉に、ルークは『どうして?』と首をかしげる。

『お二人には話し忘れていましたが、シェリル様の無限書庫の中には、シェリル様の未来を端的に予知できるような本があるんです』

『は?』

『ただ、その本は、その、あまり使い勝手が良くなくてですね。シェリル様の思考を書き連ねているからか、精度が低いというか、ポンコツというか。私たちが利用して良い方向に未来を変えようとしても役に立たない可能性が高いんです。まぁ、もともとそういう用途の本ではありませんしね。……しかし、シェリル様が今回の作戦を聞けば、確実にその本に作戦のことは書きこまれます』


 そこで話の行く末がわかったのだろう、エリックもルークも怪訝な顔をした。


『その本のことを彼らが知っているかはわかりませんが、知っていたらシェリル様から作戦がばれる可能性があります。あの呪術師はシェリル様が帰ってきたら、まず一番にシェリル様の能力を確かめるでしょうから』

『ま。そういうことなら、しかたがないね。それに、単純にシェリルって嘘つけないだろうしね』

『シェリル様。最近はクールさもなくなってきて、ただのポンコツ可愛いですからね』

『あーわかる。ポンコツ可愛いだよね!』

『まぁ、そのくせ芯だけが強いので、そのギャップが溜まらないのですが』

『わかるー』


 なぜかサシャとルークがシェリルの事で盛り上がり始めて、エリックは疲れたように溜息をついた。


『決まったのなら、私はそれで構いませんが。シェリル様、真実を知ったら泣くんじゃないですか? それはあまりにも可哀想で……』


 エリックの言葉に、サシャとルークは同時に顔を見合わせた。


『結局なんだかんだ言って、エリックが一番、面倒見がいいよね?』

『わかります。ルーク様のことは信用していませんが、エリックさんにはある一定の信用を向けています』

『そうなんだよね。いつも俺のために悪役買って出てこようとするところが本当にいじらしくてさ』

『あー。わかります。冷たいこと言いつつもってやつですよね?』

『あーーーーもーーーーー! あまり仲よくしないでください!』


 サシャとルークの息の合った会話に、エリックはいらだたしげに髪の毛をかきむしった。そしてその怒りのまま二人にこう吐き捨てた。


『とにかく二人とも、作戦を詰めますよ!』


…◇


「まったく、サシャさんが薬を調合できる人で良かったですね」

「ま、以前飲んだしびれ薬も彼女が作ったものらしいしね。シェリルを守るために無限書庫に通って必要な知識を溜めていたっていじらしいにもほどがあるよね」


 ルークは話し合いの時のことを思い出したのかからからと笑う。

 それからルークは着ていた服を脱ぎ、エリックの用意した兵士の服へ袖を通す。

 同時に倉庫の中にある使えそうなものを物色し始めた。


「それにしても、シェリル様、大人しくしているといいんですがね」

「エリックって本当に世話焼きだよねぇ。あれだけ殺す殺す言ってたのに」

「あれは、貴方がっ! ……もう良いです」


 おかしそうに笑うルークに、エリックは息をつく。そして、真剣な表情になった。


「だって、貴方が選んだのだから、仕方がないでしょう? ……私はずっと、貴方には幸せになってほしいと思っていたんです」


 ルークは倉庫を物色していた手を止めて、エリックを振り返る。


「ナタリーだって、きっとそれを望んでいます」

「……妹の恋人にそれをいわれるんだからなぁ。俺も人望があるよね」


 ルークの言葉に、エリックは頬を赤らめた。


「恋人ではありませんよ。片想いです」

「でも、ナタリーもお前のこと好きだったと思うよ?」

「そういうことを言わないでください!」


 エリックが怒ったようにそう言うと、ルークは楽しそうに肩をふるわせる。


「あはは」

「笑わないでください!」

「ごめんごめん」


 ルークは倉庫に置いてあった剣を帯剣し、中身の入っているナイフホルダーを脚に巻き付けた。


「あと、シェリルは大人しくしてないでしょ」

「そう、ですかね」

「だってシェリルだよ?」


 ルークがにやりと口の端を上げる。


「俺の花嫁サンは頑張り屋さんだからね」


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