28.「んじゃ、俺たちで戦争を止めようか」
皆様、申し訳ございません。
こちらの作品、更新の際に9話が抜けておりました。
本日、追加しましたのでどうぞよろしくお願いします。
その会話はサシャを閉じ込めている部屋から、執務室に戻るまでの廊下でなされていた。
「まったく、要領を得ませんね」
「なにが?」
「彼女の話ですよ。私達の話を立ち聞きして、このままでは殺されるかもしれないと危機感を覚えたまではわかりますし、その前に執務室を探っていたのもシェリル様を守るためだと言われたら、許容は出来ませんが理解はできます。しかし、シェリル様に人知の及ばない能力があり、その力を我が国に利用されたくないからエルヴィシアに帰せなど、まったくもって不可解で意味不明です。そもそも、シェリル様は人質としてここに来られているのにどうしてそんな交渉が通用すると思ったのか」
「……」
「しかし、エルヴィシア国王が呪術師に操られているという話は興味深かったですね。ま、そちらは我々にどうにかできる話ではないですが、陛下にはいい手土産ができたんじゃないですか?」
「そうだね」
沈黙。
「ルーク様、何か隠していることはありませんか?」
「ん? なんで?」
ルークは足を止めてエリックを振り返る。
その口元にはいつもと変わらない笑みが浮かんでいた。
「彼女はずっとあなたに向けて話しているように見えました。もしかしてシェリル様の力とやらに何か心当たりでもあるのではないですか?」
「さぁ、それはどうかな」
再びの沈黙。
ルークとエリックは互いに見つめ合ったまま微動だにしない。
「まぁ、いいです。どちらだとしても私たちのやることは変わりませんから」
エリックの声は妙に険を帯びていた。
「エルヴィシアが仕掛けてき次第、シェリル様を殺しましょう。……それで、いいですね? ルーク様」
覚悟を確かめるようなその言葉に、ルークはなにも答えられなかった。
..◆◇◆
サシャが捕まった翌日。シェリルは屋敷の中庭にいた。
ベンチに座っている彼女の視線の先には自叙伝がある。けれど、彼女が見ているページにはほとんどなにも書かれておらず、上の方に一行だけ『サシャはきっと大丈夫』としか書かれていなかった。この先の未来がなにも書かれていない上に、感情だけがぽんと置かれているだけの本。それは今まで以上に頼りなく見えた。
「相変わらず、この本はなんの役にも立ちませんね」
シェリルは本に向かってそうこぼす。
助けてほしくて無限書庫から取り出したのに、結局なににも使えない。この本からわかることがあるとするならば、未来が書かれていないのは、この先のシェリルの選択で大きく未来が変わってしまうからかもしれない、ことぐらいだろうか。
(サシャは大丈夫かしら……)
ルークたちから聞いた話によると、サシャはルークたちのことを調べていた事も、執務室を探ったことも、もう全部認めているらしい。もちろん変装をしてシェリルをエルヴィシアに連れ戻そうとしたことも。
(私はサシャのこと、なにも知らなかったんですね……)
昔からどこか秘密が多い人間だと思っていたし、いつもは陽気なのにたまにはっとするぐらい冷静になるなとは思っていたが、こんなになにも知らないのだとは思わなかった。
「大丈夫?」
突然つむじにそう声が落ちてきて、シェリルは顔を上げた。
「ルーク様……?」
いつもどおりの愉快そうな表情で、彼はベンチの後ろからシェリルをのぞき込んでいる。シェリルはベンチでわずかに跳ねた後、座面に膝を乗せるような形でルークに詰め寄った。
「サ、サシャは!? サシャは、どうなりましたか!?」
「んー。まだ話を聞いている途中だから、なんとも」
「そう、ですか」
「シェリルの方は大丈夫?」
「え?」
「彼女が色々隠し事していたの、ショックを受けてるんじゃないかなぁと思って」
「ショックは、受けています」
ここで繕う意味もないと、シェリルは本心を告げた。
「サシャとは、十一年間一緒にいたんです。私が五歳の時に紹介されて、それからずっと一緒にいたんです。だから、正直、隠し事をされているだなんて思いませんでした」
「そう」
「でも、信じることは願うことと同じなので」
顔を上げたシェリルにルークはなぜか驚いた表情になる。瞳にはシェリルが映っているのに、なぜか彼に見えているのはシェリルじゃないような気がした。
「私はずっとサシャのことを信じています。ずっと私の味方だって。どんな形であれ、どんな方法であれ。だから、大丈夫です」
「だから、大丈夫、ね」
「もちろん、ルーク様の事も信じていますよ! ルーク様はお優しい方なので、サシャの件に関しても、きっと公正でお優しい判断をしてくださると――」
「ふっ」
小さく息を吐き出したかと思うと、それはいつの間にか大きな笑いになる。
ルークは肩を揺らしながらひとしきり笑った後、「あーーーーーー」と空を仰いだ。
「ルーク様?」
「最悪。マジでしてやられた」
「し、してやられた?」
「なんでそうなるわけ? 俺、つい最近まで本気で殺そうと思ってたんだよ?」
「え? あの……殺す?」
「シェリル、君の勝ち?」
意味のわからない言葉の羅列にシェリルが「勝ち?」と首をひねると、彼はいっそう楽しそうな顔でとんでもないことを言い放った。
「んじゃ、俺たちで戦争を止めようか」
「え?」
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