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18.調査


「やっぱり、排水の処理は問題なかったな」

「えぇ、処理前の排水が川に流れているなんて事もなさそうです」

 ルークとエリックの二人がそんな会話を交わしたのは、排水の処理場を見に行った帰りだった。

 見に行った排水処理場は丸く作られた人工の池のような形をしていた。それに排水をためておいて消石灰などを投入して水を中和。そのあと、底に溜まった金属を取り除いて、水は海に流す……というのがそこでやられている排水の処理方法だった。

 結構大がかりな作業のように見えるが、そもそもこの鉱山での排水はそこまで多くなく、その上排水の処理はどこからどう見てもうまくいっており、件の川へ排水が流れるようなルートもない。

「……でも、被害者が出ている」

 それが問題だった。

 件の川の水を飲んだ人間の多くが、発熱し、頭痛や腹痛を訴える。これまでには死んだ人間もいるらしい。

 今は街全体で件の川の水を飲むことを禁止しているので、被害を訴える人間は出ていないが、街にある川のうちの一本が使えなくなっているのは不便だし、川が汚染されている現状のは恐ろしいから、早く改善してほしいということだった。

「とにかく、川の上流の方を見に行ってみるかないな」

 視線の先にあるきらきらと輝く一見綺麗そうな川を見つめつつ、ルークはそうこぼした。


 川の上流というのは大体の場合山であり、山道は当然ながら坂と岩ばかりだ。

 坂。坂。岩。坂。岩。岩。坂……

 そんな体力を無尽蔵に削っていく荒道に、先に音を上げたのはエリックだった。

「はああぁぁぁ……」

「なに? もうバテてんの?」

 しゃがみ込んだエリックを振り返りながら、ルークは呆れたように片眉を上げる。

 二人が川の上流を目指し始めてから、三十分ほどが経っていた。

「言っておきますが、私がひ弱と言うわけではないですからね! 貴方が丈夫すぎるだけで、私は普通ですから!」

「……別に、なにも言ってないじゃん」

「視線が語っているんですよ。視線が『あ、こいつ体力ないな』『置いていこうかな』って! 仕方がないじゃないですか! 私は貴方と違って内勤気質なんですよ! 坂を登るとか岩を乗り越えるとか、そういうことができる構造になっていないんです!」

「今日はやけにカリカリしてるなぁ。なに? おんぶでもしようか?」

「嫌ですよ。貴方絶対、『疲れた』とかいって最終的に放り投げるじゃないですか! そもそも、そんなこと言いつつも、貴方は男なんておぶる気ないでしょう!?」

「よくわかってんじゃん」

 からからと笑うルークにエリックが再び気炎を上げようとしたときだった。

「きゃあぁぁぁあぁぁ――!」

 少し先の開けた場所から、女性の叫び声がした。

 しかも、その声は明らかに聞き覚えのあるもので。

「シェリル?」

 二人は顔を見合わせてから、声のした方向へと走る。

 そこで見たものは――

「お、お願いします! お願いですから、食べないでください! 子ヤギは草食だとお聞きしましたが違うのですか!? 肉食!? それとも子ヤギではない!? 子ヤギではなかったら、貴方はなんなのですか!? やめて! スカートをもちゃもちゃしないでください!」

「……シェリル?」

 視界の先には女の子が二人いた。一人は子ヤギと戯れており、もう一人はそれを呆然と眺めている。――シェリルとサシャだ。

(いや、あれは戯れているというより、襲われている?)

 子ヤギはシェリルの服を食んでいるだけだが、シェリルの表情は熊に襲われたそれである。どうやら本当に子ヤギに食べられてしまうかもしれないと怯えているらしい。

 先ほどルークの呟いた言葉が聞こえていたのだろう、シェリルがこちらを見て、今にも泣きそうな表情になった。

「ルーク様、助けてください!」

 そのあまりにも必死な表情に、ルークは思わず吹き出した。


..◆◇◆


 そこは川沿いの木々が生い茂る場所から少し離れたところだった。

 一面に青々とした芝生が広がる高原で、少し先の高台には畜産や酪農が営まれているらしい牛舎が見える。

 子ヤギからなんとか助け出されたシェリルは、偶然出会ったルークとエリックに向かって深々と頭を下げた。

「あ、ありがとうございます。危うく、人類で初めて子ヤギに食べられた人間になるところでした……」

「いや、それは別に良いけど。こんなところでなにしてたの?」

「それは、調査に……」

「調査? もしかして川のこと調べてたの?」

 首をかしげるルークに、シェリルは首肯した。

「ここでルーク様のお役に立つ事が出来れば、私の有用性が認められ、メロメロに一歩近づくのではないかと思った次第です。……結果はこの有様ですが」

 落ち込むシェリルを見て、ルークは笑う。しかしその笑い方には嫌みはない。

「でも俺、シェリルに街には出るなって言わなかったっけ?」

「街ではありません。ここは山です!」

「いや、確かに山だけどさぁ。シェリルってそういう言葉の綾ついてくる子だったっけ?」

「サシャに教えてもらいました!」

「悪い子が教師にいるなぁ」

 ルークはまた笑う。見つかった時にもしかすると怒られるかもしれないと思っていたが、この調子だと彼は怒ってはいないようだった。

「それにしても、この子ヤギ、人なつっこいですね」

 そう言ったのは、二人の会話を耳だけで聞いていたらしいエリックだ。

 彼は足元にすり寄ってくる子ヤギの頭を優しく撫でている。

 子ヤギの方もそれを甘受していた。逃げる様子は全くない。

「そうですね。まるで誰かに飼われているような……」

「ルル!」

 突然、そんな声が山の上から聞こえた。

 声のした方を見ると、一人の青年がこちらに向かって走ってくる。

 それを見た子ヤギも嬉しそうに跳ねたあと、青年の元へ走って行く。

「ルル! よかった、こんなところにいたのか!」

 広げた腕に飛びついてきた子ヤギを青年はそのまま抱きしめた。どうやら彼が飼い主らしい。服装を見る限り、恐らくこの辺の農場の人間だろう。

 青年は子ヤギを抱きしめた状態でシェリルたち四人を見上げた。

「皆さんがルルを保護してくださったんですね。ありがとうございます」

「……貴方は?」

「私はこの上の方で、農業をしているブルーノです」

 ブルーノはそう頭を下げてこちらに握手を求めてきた。シェリルがそれに応じると、彼はシェリルの服の裾がヨレているのに気がつく。そうして自身の足元で楽しそうにはねる子ヤギを目に止めて、申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「あの、もし良かったらうちによってください。着替えはありませんが、タオルぐらいはありますので」

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